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このページは愛川町議会議員玉利まさるのホームページです。
現在、最新(2015年7月から)の更新はこちらで行っております。
2015年6月までの記事は玉利まさる@愛川町の内視鏡(旧ページ)に残しますので、どちらもよろしくおねがいします。
                   編集子 K



2015年7月14日火曜日

人のふり見て(~15日まで)



 「自己反省」とか「自省」という言葉があります。言葉はあるけど、じつはできない言葉です。もし厳密に反省すれば、人は恥ずかしくなり、生きていけません。少なくとも「ぼくは恥ずかしくて死ぬ」であります。それでもぼくが生きているのはうぬぼれがあるからです。しかし、その自惚れも度を越すとどうなるか。議員の場合、「落選」という烙印を押されます。しかし、押されてもうぬぼれがあるので平気なのか、反省できないのが、懲りないのが議員です。そして、それはとても怖いことです。(誤解しないでください。選挙という洗礼を受けない一般市民はさらに自惚れ屋という例もいくらでもあります。たとえば政治のことなぞなにも知らずに論じたりして) まあ、ともあれ、人はとてつもなく図々しい生き物です。自分では反省できません。今回の市議選の教訓でありました。ちなみにある方の敗戦の弁。(自分をタナに上げ)「近頃は我が身を切る政治家がいなくなった」がその典型でありました。

 そこで思うのは、どうすれば反省できるか。結論、他人に反省を迫られること、です。「恥」は「耳」に「心」です。その意味は「他人からの悪口が自分の心に響くこと」とか。それが「恥」とか。



 つい前置きが長くなったけど、この14・15(実はその後も)、ぼくは秋に立候補する資格のあるやなし、雨ン中、恥を知るべくあちこち問うて聞きまわった次第です。ちなみに2日で20人弱。

2015年7月13日月曜日

ン、政策本位?



 厚木市議選の翌朝です。結果が気になる。さて朝刊を見ようかで気が付きました。うっ、休刊日だ! あらためて新聞の存在感を感じた次第。ぼくの世代は活字病です。

 そんな訳で、午前は別ルートで選挙速報を入手し、その分析。選挙の傾向を知ることは職業柄他人ごとではありません。

 さて、気がついたこと、大方は予測のとおり、やはり現職は強い。つぎに新人でも、公認、現職の地盤を継いだ人、そして大きな団体の推薦のある方、というか、ほとんどそれがすべてです。選挙は政策力で選べというけれど、たぶんそれで選ばれた方は現職の2名だけ。 実態としての無所属の新人に超厳しい選挙でありました。選んだ市民の意識が古いのか、挑んだ新人の力が不足なのか、落選した政策型新人に日頃の活動の積み重ねが見えなかったのは事実です。にしても、活動してない現職で当選している方も少なくない。

 うーん、厚木の選挙も古いまま、投票率の低さは、市民の期待の低さでしょう。

 その中で、超ベテランで高齢の二人の落選が光ります。しかし、原因を「多選高齢」と見るのはどうでありましょう。全国的には、それでいて上位当選者もいます。原因は噂では、「活動してなかった」です。正しくは「多選・高齢の老害」かもしれません。

 そんなこと考えてから、午后は、その厚木の方を、祝ったり、慰めたりに飛び回った次第です。とにかく政策選挙ではありませんでした。



2015年7月11日土曜日

晴れ、また晴れ(~12日まで)



 ぼくは夏が好きです。晴れが好きです。11日は朝からの天気で、昨夜の寝苦しさが消えました。ほぼ終日、厚木市議選モードです。ついでに、ぼくも秋を睨んでというか、その準備の準備です。とは言っても、はたしてぼくに準備の資格はあるのか。いろんな方の話を聞き歩きしました。

 そして12日、今日も快晴、まずは町内の清掃、メインはラビンの前の川(用水)の清掃を朝の7時から。いっぷくし、今度、例の家の河原の草むしり。せっせ。気温はぐんぐんの音が聞こえそうな上昇で、昼前によしました。

 あとは、たまにはとか言って休み。それでも4,5人とはあったけど。

 さて、晴れ過ぎです。それが組織の弱い市議選にどう響くやら。



2015年7月10日金曜日

えっ、耳を疑う。



 旧愛川地区の区長と地元町議の集いです。この春に新しい区長さんも誕生したので、趣旨は顔会わせと懇親。

 とは言いながら、この会の懸案は、旧愛川地区をいかに元気にするか。顔を合わせれば毎回その話です。しかし夢みたいなことばかり言ってても仕方ありません。問題はそれをどう具体的に前進させるか。ぼくも流れに乗って提案しかかると……。

 ある町議、曰く、「玉利さん、そんなに地域を活性化したいなら、議員をやめなよ! 本気で、それにとりかからないと実現できないし……」

 えっ? 耳を疑う。議員の仕事の半分は提案ではなかったか。議員は提案するたびに辞職するのか。ほかの区長さんたちはどう解したことでしょう。ぼくは、自分のことより、そんな発言をした町議への悪影響が気になります。その日は、長い夜でありました。



2015年7月6日月曜日

ほとんど厚木通い(~9日まで)



 相変わらずあっちに行ったり、こっちに行ったりは同じです。内視鏡書きとかも同じです。少し増えたのが、この頃、厚木の選挙の話題も手伝って、秋を見据えて動き出す町議が増えたのか、この間、「オマエはどうするか」や「活動はどうなっているか」で、あちこちに呼ばれる毎日でありました。

 とはいえ、なんといっても市議選はリアルです。ぼくに支援を依頼している候補者も何人かいて、その関係、毎日、雨ン中、半日以上はいろいろと選挙支援で厚木市内をうろつきました。自分のことより、ここは他人のためでありました。そして、これはこの内視鏡の原稿をためた言い訳でもあります。



 なお、この市議選中、よく耳にした噂は、やはり現職有利、つぎが引退議員の地盤を引きついだ方、そして党の公認……。さて、どうなるか。

2015年7月5日日曜日

愛の刻印



 朝刊に気になる記事が3本。まずはギリシャの国民投票。ぼくがギリシャ人ならどうするか。つぎは厚木の市議選挙の告示です。また個人的には「横浜ローザ逆輸入」のニュースです。

 午前中はその辺りを考えましたが、リアルなのは市議選です。隣町なので知っている方がいっぱい。早い話、市のために落ちてほしい方が3人、受かってほしい新人が3人。ギェーです。ギェーッ。そもそも、市政を思えば、一人一票はムチャです。希望者は一人三票までにしてくれないか。そうなれば、きっと当選者はかなり変わります。きっと、「地縁・血縁・働かない」議員はかなり減ります。まあ、ありえない夢だけど。

 午后は、雨が止むのを待ったけど、いよいよどしゃ降り。そのなか、挨拶というか激励というか、出かけて、帰りには内視鏡のことで知人と打ち合わせ。

 さて、横浜ローザです。ご存知、これは浜の娼婦メリーさんを戦争の被害者として描いた五大路子さんの一人劇ですが、ぼくなりに頭に去来するものがあります。

じつはそのメリーさん、知ってます。産貿ビルのスタジオのことを先ほど触れましたが、40年ほど前、そのメリーさん、しょっちゅうビル内をうろついていました。ときにスタジオにも見えました。

しかし、そのメリーさんの名は、ぼくたちの間では、シロシロばあさん。何しろ、帽子も服も靴も、そして厚化粧の顔も白です。正直、気味悪くて、当時ぼくは30前なので、みたところ彼女は7,80歳です。じっさいは60前後だったのですが、こっちは若いし、気持ち悪いし、ばあさんに見えたのでしょう。

ある日、スタジオに来た時、ただで写真をとってくれと頼まれたことがあります。はやく追い出したい気持ちを好奇心とで引き受けました。その時、ファインダーを除くと、ン、なぜか悲しい気品が漂っている。興味をそそられ、いろいろ訊きました。

むかしのことなので、覚えている断片です。

白ずくめは、かの女の一ばん幸せな日々の記念です。結婚式の姿です。その服を着て、注目されることで幸せになるのです。

本人は、シロシロばあさんと呼ばれていることは承知です。でも、そう呼ぶのは日本人なので無視です。メリーは、結婚して戦死したアメリカ人の呼び名です。つまり外国人にはメリーと読んでもらいたい。そして娼婦になりました。例え嘘でも、ベッドで、できれば英語で、愛を囁かれ、メリーと呼ばれると、相手はそのまま夫になるという。一ばん幸せだった瞬間を再現できるとか。

あと一つ、娼婦としてのコール・ナンバーの61は、永遠の愛のシンボル7の代用です。

そうしたことを知ったあと、ぼくにとってもかの女は、シロシロばあさんでなく、メリーになりました。理解の背景がありました。

 それより、さらに4,5年前、サラリーマン時代です。会社の同僚の女の子に、アメリカ人と付き合っていて、かれ氏をベトナムでなくした子がいました。その子が社員旅行で泥酔した時頼まれたことがあります。これからジョージになってくれないか、鼻の形が似ているから。

メリーが反戦のシンボルかは今もわかりません。戦争の犠牲者なのは確かですが交通事故で夫をなくしていても娼婦になっていたかもしれません。たしかなのは愛の印が刻まれたことだけです。それは幸か不幸かは本人だけが知ることでしょう。この年齢になるとわかります。売春はいけないというけれど、そこに救いを求めている女性はたしかにいます。人間は哀しい生き物と思う。



蛇足です。その辺を解さない堅物は嫌いです。

2015年7月4日土曜日

短い一日



 朝、厚木に戻り、それから3箇所で3人の方にあってから帰宅。

 片付けして、一服して、午後はサポセンで3ヶ月分ほどの活動報告を整理し、15人分の配布用の整理です。そのあと、合間に一局打って、それから知人訪問が4軒。れ、れ、れっ、もう午後も6時過ぎ。

 この頃、一日があまりにも短くなりました。歳のせい、それとも忙しいせい。



2015年7月3日金曜日

オマケ 写真の基本



 「スタジオにより」と書いたけど、寄ったのは某大手カメラ販売店のスタジオ。入ると若い女の子がカメラマン。ギクーとしましたが、不安的中です。

 なにしろ、撮ったどの写真も頭に濡れた髪がベター。ネクタイは曲がっています。ズボンの裾はヨレヨレ。そして肝心の顔は、逃走に疲れた犯罪者みたいです。間で、何回も大丈夫ですか、と訊いたのに。

 ぼくは、遠い昔、産貿ビル(横浜の産業貿易センター)で仕事をしていた時、そこに証明写真用のスタジオを併設していました。よくカメラマンに言い続けました。「きみの仕事は2つです。一つは、撮る準備で、客の身なりを整えてあげることです。そして、二つ目。撮るは奪るであり盗るです。まず客の緊張を奪るです。そして盗るは、その人の人生の年輪、喜・怒・哀・楽のでた瞬間を盗むことだよ」と。

 撮影は、たんにシャッターを押す作業になったのでしょうか。カメラが進化し、バカチョンが一般化し、カメラマンが退化したのでしょうか。

知性は顔に出る?



 自分の活動報告の原稿をかき、写真スタジオにより、それから高田馬場へ。おっ、母校の近くで嬉しい、と言いたい。が、あまりの街の変貌で右も左も分からない。

 で、要件。あるフォーラムでぼくの発言を聴き、関心を持ち、「がんばろう日本国民会議」の方からインタビューを受けました。ありがたいことです。

 それから、ここまで足を運んだついでで、池袋である女性都議と仲間との情報交換。兼会食、兼2次会。結局遅くなり、池袋泊。


 なお、その都議は、ワクチン被害関係の会議で知り合った方ですが、超美人。といってもスポーツや芸能で有名になって国会議員になった美人だけが売りのパー子ではありません。地方議員には、頭や心からにじんだ美人が結構います。つい、こちらも図に乗り、ハリキリ、2次会となりました。日頃、美しさが顔に出ない議員にふれている反動でしょうか。いや失礼、

2015年7月2日木曜日

愛川町は別世界?

 午前中は町議の月例会。ただし、メインは8月の新町発足60周年記念にかかわるイベントについての町からの報告。月例会の報告はとくに話題でもないことが2、3点で10数分。あとあったのは、姉妹都市の町長・副町長が見えたので、挨拶程度の意見交換とこれまた10何分だか。
 それから、少し間があって、写真撮影。報道機関が、秋が選挙だというので、町議が集った機会にとっておこうという次第。ぼくは個人的には先は決めてないので辞退したかったけど、ぜひ、ぜひともで、はい、パチリ。
 それよりこれより、驚いた。引退の噂の方がパチリだったり。いや、驚かないか。これはこの世界では日常事です。
 ぼく的には、もっとそれよりこれよりがあります。巷は安保法制で騒いでいます。それで県内のあちこちの議会でも意見書の提出の動きが忙しい。ぼくも月例会の開始前、何人かの町議に慎重審議を求める意見書の提出の話を振ってみました。やっぱというか、ほとんど関心なしでした。あーあ、あーあ。

2015年7月1日水曜日

オマケ 見えないから危険

 想定外の危険というものがあります。だいぶまえの首相官邸のドローン墜落がそう、少し前の箱根の水蒸気がそう。そして、新幹線車内の焼身自殺がまた然り。
 そのたびに言います。ぼくも言いそうになります。こんな弱点があったのか、これから対策を考えよう、とか、国の安全管理はどうなってるのとか、エラソーに、あるいは、つい人の想像力の不足を嘆きます。
 だが、待てよ。
 先日、ある危険に出会いました。ぼくの乗った電車の前の座席へ二十歳くらいのカワイコちゃん(ぼくは若い娘をすべてカワイイという)が座って眠っていました。惜しいことに口をポカンと開けて、上向きに。次の駅へつき、戸が開くと、ハエが入ってきて、ブーン。あれっ。するとかの女は無意識に、パクリ、口を閉じました。あとは、何事もなかったみたいに、かの女はグーグー。
 これが危険の本質です。だれが想定できたでしょう。そこに想定はありません。そもそも想定外は無限です。そして危険は想定外に潜みます。
 心配です。危険の本質がこれです。いや、心配したのは、その娘ではなくて、ハエ。ハエは死の危険を想像できないのでありました。ぼくが彼女に想像したのは、こんなに眠りが深いなら、キスしても大丈夫だったかな……。いや、これはウソ。ウソとしておかないと、ぼくはスケベということになります。まあ、否定はできないが、かく、この世は危険に満ちている。だから対策はありません。

2015年6月30日火曜日

まず自省

 厚木の選挙の告示は7月5日です。超激戦の様相になってます。ボクの町はおとなりということで「情況はどうなの」とか「◯△さんってどんな方ですか」などと聞かれる。もちろんいいかげんに答えられません。しかも今回は新人が多く、かれらについてはよくわからない。せいぜいわかるのは、ぼくの知人の知人の候補者とか出身が地元の候補者(愛川出身は2人)くらいです。
 とかいう訳で、今日は厚木をあっちへ行ったりこっちへ歩いたり。もちろん情報の収集です。それができるのは、ぼくも、愛川の前は厚木の住民でありました。市内のあちこちに知人がいます。
 そうこうしている中、心配になってきました。ぼくもこの秋に選挙を迎えるが、はたして立候補の資格はあるのか、今まで何をやってきたのか。活動してきたか。そすいて成果はどうだったか。ついこの4年の活動を整理してみました。それを客観的な資料とするのは、思いの外大変で、結局、1日半ほどかけたけど、終わらなかった始末です。
 ぼくは、それ抜きに、「選挙だ、さあ、頑張るゾ」は嫌いです。働かない議員に限って、そうだけど。
 議員の正体は、たんに自惚れ屋のオジン、オバンです。プライドだけが一人前。

2015年6月29日月曜日

大きなことはいいことか。

 今日は人口70ン万の政令市相模原の議会傍聴でありました。さて大きな町、先進市の議会は進んでいるか。前から知ってはいましたが、必ずしもそうではありません。まず傍聴を申し込むと、首からかける札を渡される。入ると、なかに衛視が。そして大勢の議員がズラリ……。ギクッ、いまや珍しい景色です。
 さて、中身です。一般質問者は、47人中の22市議。傍聴した議員の質問時間は、たまたまか短い。みんな持ち時間を残します。そして肝心のテーマですが、町の将来に関わる大テーマかといえばそうでもない。大方は、質疑と勘違いしそうになる。市の事業に関わる中テーマでありました。幸い、どこをの道路工事とか、”ただ訊けば済む”話題はなかったけれど。
 訊けば、一括方式か一問一答かは本人の自由は良いとして、質問時間は一人20分×会派の人数。きわめて古い議会です。その持ち時間数は、知る限り県下最少。これでは大テーマをじっくりやれません。いきおい中テーマになりやすい。訊くだけになりやすい。そして、それに慣れると、その持ち時間も余してしまうということでしょうか。ちょっと計算すると、質問者は市議の人数の4割強。発言時間も持ち時間の4割強、そして多選議員も4割強。この偶然の一致はなんでしょう。なかなか考えさせられるのでありました。
 となると、質問のたびに傍聴席から拍手が出るのも先進的だと思っていたけれど、これも遠い昔からの習慣なのかもしれません。
 ともあれ、このところ各地の議会を傍聴して実感してきました。議会改革とは、議員の質の改革であり、その改革とは質問時間の延長であり、延長とは定数削減であり、削減とは新旧の入れ替えなのかと。
 それなしに議会基本条例も通年議会制度もあまり役に立たない、と。
 あとひとつ、一般質問中に、議長が「残り2分です」とかいうところは0。番号で挙手したり指名するところもほぼ0。答弁に対し「簡潔に願います」というところはあったけど、というか、おおむね行政の答弁はどこも愛川町より簡潔でありました。

2015年6月28日日曜日

汗をかき、頭をカラに

 このところ連日原稿書きですが、というか朝の4時頃まで仕事です。
 それから4、5時間は爆睡。そして仲間と裏の瓦の草むしりや花植え。ついでに午後は碁を2局打って2敗。ウッ。
 しかし汗をかくと頭が空っぽになります。好きなことをすると心も空っぽになります。そして明け方の続きをセッセ、セッセでありました。