メッセージボード

このページは愛川町議会議員玉利まさるのホームページです。
■現在、最新(2015年7月から)の更新はこちらで行っております。
2015年6月までの記事は玉利まさる@愛川町の内視鏡(旧ページ)に残しますので、どちらもよろしくおねがいします。
                   編集子 K



2020年4月6日月曜日

●会期は短いが  ~中身は充実かも~

コロナで質問や議場での質疑が消え、会期まで3日減ったが、たぶん負い目からか町議の意識が変化した。たとえば「議員は質疑を軽んじていると思われたくない」とか、ごく一部に緊張感を欠く者もいたけど。
 ともあれ、その結果か、町の予算への質疑項目も時間も増えました。しかもただ答弁を訊き「はい、分かりました」で終わることもほぼなし。ぼくの所管は総務建設だが、教育民生も同様のムードだったらしい。ちなみに総務建設では47項目、教育民生では65項目にわたって町の事業の予算の根拠が質されました。いままでない熱気です。
 これはコロナの禍い転じて福となるかもしれないが、今後もその線を願いたい。ぼくは、自分の立場を考えれば、常任委員会では休憩中でも答弁者側との雑談を控えてチェックする側だし。これも大切だと思う。

●動き出した議会改革 ~異常か正常か~

議会が新体制になり、そろそろ半年。その間もっとも進んだのが議会改革の気がします。
 まず各会派で何を変えたいか話し合い、つぎにその意見を検討委員会に持寄り、今は改革項目に優先順位をつけた段階にきています。ちなみにその改革目標は、検討会での項目と議運での項目に分かれるが、検討会の目標を3位まで挙げると、
①タブレット端末の導入 ②議員の定数と報酬の見直し ➂事業評価の推進と検討方法となります。
 今まで改革していないので一歩前進と喜びたい。いや、待て、議会の役割が提案とチェックだから議員の能力の向上こそが最優先項目にちがいない。その意味ではまだ道遠しです。他人事ではない。ぼくも改革委員です。民主主義は面倒だけど、頑張るのでよろしくネ。

その他

3月議会には、愛川聖苑条例や水源地の観光と産業の拠点づくりの中間報告をどう扱うか、一般質問がなくなったけど「議だより」の紙面づくりをどうするか、5月の町民との意見交換会は延期か中止か、などなど悩ましい問題が山積みとなりました。
 ぼく的には、多忙な2・3月だったのです。

●ミニ・ノート

●今回コロナも相応にふれたけど議会活動報告紙としては限界が。そこでカミュの「ペスト」が再読されている折、ぼくはブログに『感染症の日本史』もどきを書きました。好奇心のある方はそちらも覗いてみてください。
●後のブログの「咳ひとつで白い目の件」です。無関心と無知によるイジメは無限です。そこで売られているのが「この咳はうつりません」というバッチ、ぼくも着けています。おばあちゃん、孫がアレルギーならぜひ買ってあげましょう。
●議会最終日の前日、代表に「コロナ貧乏の親のため緊急提案を」と訴えたところ、翌日、町長からもろもろの対応策の話がありました。詳しくは町のHPや広報などを見てください。
●結局、県内8割の市長村に日程変更なしで横浜の女性市議は言う。コロナが怖くて変更したら、戦場にビビり、現地視察を拒否した石破元防衛相と同じでしょ。おぉ、わが町を恥入る、それこそエモい女性市議の心意気ではないか。
●後のブログの津久井農場(正しくは牧場問題)です。相模原では本村市長自身が住民の不安を傾聴。こちらは200筆の反対署名もあるが音無し。ぼくは6月の議会後❝正しく埋立てを知る会❞を呼びかけなくては、賛成か反対かではなく。
●愛川聖苑条例や観光・産業の連携拠点づくり(水源地問題)などのもたつきを匂わせましたが、共通項があります。それはともに全協(全員協議会)に「まずは賛成を」みたいに示されたことです。時代が違う。私たちは「町民に説明してから」を希っています。問題は町がそこへ気づくかです。
 なお、聖苑の条例はぼくが12月に提案しようとしていた条例と同じで、ある職員に「黒字だから」と言われ引きました。そこで賛成できなくなりました。町長は知ってたかなぁ。
●時として町議の言動が問題となります。困るのは欠席裁判みたいになることもあります。誤解や憶測もあります。感情論になり、いじめ、暴言にもなりかねません。私たちは付託を受けた言論の府の公人です。もっと大人で、紳士でやりましょう。でないとぼくもそのうちキレる。二度目の予告です。
●最後にオマケです。ぼくは時々ノラ猫を避妊しますがけっこう出資。その折、田代のローソン横にそうした方を相手の手術院ができました。格安です。困った方はそこで相談を。

2020年4月4日土曜日

つぶやき

● 3月 末日です。「四月は残酷な月です」からはじまるのはT・Sエリオットの詩だが、ぼくにとり、この3月は考えさせられたなぁ。コロナの件でない。妻をなくし25年、サリン事件25年、さきに逝った宮城まり子さんの「ねむの木学園」の子ども絵に感動したのも25年前、などなど。
 他に、3.11や議会のバタバタ、やまゆり判決などあったし。

● 一読、脈絡のない話だけど、25年まえの3月、妻はがんの末期で、掛川(静岡県)で病床にいて、サリンを悲しみながら何を思ったか呟いた。「まり子さんも近くにいるらしいよネ」。知的障碍者に関心のある妻は子どもたちの絵を見たがっていた。
 そして、ぼくはかれらの絵を見て、想った。純粋で無心な人たちの絵ってなんとすごいんだ、もしかしてピカソがアフリカの絵に感動したのと似たショックであった。うん、サリンはむろん、やまゆりはもちろん生きる価値を知らない人による大量殺生だ。無知はそれ自体が犯罪になる場合もある。

● そして3月といえば、第3土曜日、ぼくは、津久井のレストラン「風のほとり」にいて、食事をしていた。と、3人組のライブがはじまる。何、何、なんなの。曲が強引なほどぼくの心に飛びこみ、ぼくを揺する。その3人のグループ名は「トイボックス」、聞いたこともない。その筈だ、今日がライブは初公開でした。なるほど。ぼくは50年ほどまえ偶然ピンキラ(ピンキーとキラーズ)の初演奏にでくわし、そのオーラと熱さに打たれた記憶がある。「エモイ」というのはこんな場合に使うのか。ねむの木の絵も、トイボックスの3人組も、ピンキラも純粋と無心はエモかった。
 というわけで、フェイスブックにトイボックスの写真を載せました。

コロナに想う(1)「感染症の日本史」もどき

 豪華客船の感染にはじまったコロナへの関心は、その拡大とともにイタリアへ、フランスへ、スペインへと移った。その延長で、カミュの「ペスト」が再読され、ついでに若者にラテン文化論も出はじめたとか。
 気分は分かる。ぼくもかつてそうだった。カミュはサンテクジュペリやランボーに並んでよく読んだ。イタリアにコロナが流行ると、アイツらハグが好きだし、濃厚接触民族だしと思った。フランス人に増えると不倫が好きだし、そのクセに手を洗わないし、風呂嫌いだしと思い、ついでにちょい100年か150年か前までヴェルサイユ宮殿にトイレのなかったことを思いだす。うん、そういえばナポレオンも感染症(タムシ)で女にもてないので金と権力でもてることを夢みたとも言われた。
 ともあれ、そんなしだいで、黒死病(ペスト)で民族が滅びそうになった歴史はラテンにとって何回目だったかな。
 そう思う一方、また想う。ヨーロッパの感染の話もいいけれど、かくいう日本の場合はどうなのよ。わが国がウイルスで人口を減らした記録はどうなのよ。若者よ!それがあるんだなぁ。ぼくの聴きかじりだと江戸時代だけで3回。
 これは流行ではないけど、ぼくの青年時代つまり50年前だと、韓国や台湾へ観光するとついで土産(みやげ)に性病をもらってくる人はかなりいた。60年前は梅毒で鼻を落とした人をたまに見かけ、90年前は母の話しだとよく見かけ、100年前をこすと、ハンセン病(らい病)の人も多く、結核(ツベルクル)が人口減に響きそうになる。そして150年以上も前となればいろんな疫病が日本の人口を抑えていたようです。
 その証拠というか名残りはいまも日本の各地で見られます。
 まずは見落とされているほう。たとえば愛川町の八菅山(厚木市の鳶尾山)では、頂上に小さな社(やしろ)があります。厚木市荻野の古老が古老から聞いた話によれば、江戸の末期に相模にコレラが蔓延し、かかった人が生きたまま鳶尾に捨てられて、かれらの魂をなぐさめるために建てられたのがその社だ、と言う。じっさいがコレラかどうかは不明です。コレラ菌がコッホによりガンジス河で発見されたのは1800年代の末期だし、とにかく、疫病が大流行したのは事実です。
いや、若い人たちが知っていて、たぶん体験もしている古代からの疫病対策の名残りもあるのだ。正月の第二週くらいの行事、どんど焼です。そう、団子を木の枝に刺して焼き、食べるとその年は風邪にかからないという、あれ。どんど焼きの呼び方も催し方も地方によりあるいは時代により異なるけど、元は道祖神の祭りで、道祖神といえば神さまで、ふつう猿田彦。古事記や日本書紀ではアマテラスの命令で天から降りてきた(天尊降臨してきた)ニニギを案内した神さまです。だからネットでは道開きの神であり、全国の辻にあるので辻神さまとも出てきます。問題はなぜ辻にあるのか、猿田彦は。元は疫病が村落に入ってくるのを塞ぐ神で、だからサイ(又は)セイの神とも呼びました。話は戻って、どんど焼きの団子は無事な一年間のお礼にその道神さまに供えるものでした。それが、いつの間にか団子は子どもが食べて、猿田彦はそれを指をくわえて見るだけになりました。日本にもコロナがのさばるわけなのだ。
 まぁ、最後は悪い冗談として、若者よ、君たちはそんなこと知っていましたか、知っていて初詣でしましたか。
 そもそも日本の歴史は、水害と山火事とそして感染症の歴史でもありましたが、私たちの祖先に防ぐ手段はありません。ただ畏れ、祈るしか。やがて考えました。そうだ、この世は人間のものでない。月も火も水も木も・・・。いや、月火水木・・・すべては神そのものだ。たとえば台風は風の神が怒っているという具合に。もっと慎ましくしなきゃ、もっと感謝しなきゃ、祈らなきゃといった具合に。
 まぁ、雑把にそのあたりが神道のはじまりですが、それは宗教というより文化とか儀式に近いものだったかもしれません。たとえば参道を歩くとき左端をとおり神への遠慮の気持ちを高めてから手洗場で手と口を洗います。それは宗教と同時に文化だったかもしれません。ヴェルサイユにトイレがないと書いたけど、仏教の人がトイレを導入したのは奈良時代。そして神道の人がトイレをご不浄(きたないもの)と呼んでいたのはさらにむかしとか。
 手を洗う、口を注ぐ、トイレを使う。大昔の日本人は感染症対策をしていたのです。中国や韓国の人がトイレに行ってから手を洗うふりとは大違いですネ。
 長くなったけど、カミュの「ペスト」を読むのもいいんだけど、若者よ、この機に日本の文化を見直そうと迷想するのでありました。

2020年2月17日月曜日

●ぼくのスタンス②~役人に感謝するとき怒るとき~

 今回は一般質問にのぞむぼくのスタンスです。それは何がテーマかにかかわる。そこで、まづぼくのテーマの決め方ですが、優先順位でいうと、第1がいま行政が取りくんでいる政策で大きな見落としのあるもの、第2が重要なのに取りくんでないもの、となります。
 が、これは言うのは簡単で、じつはテーマを見つけるのはたいへん。そもそも役人はミスをしないし、しても見せて言い訳がうまいし、でもヒントはあります。たとえば空き家バンク制度がそれ。町はふつう制度の導入で登録件数の増加と成功事例を誇ります。どこに制度の欠点があるのか。そこからぼくのやる気にスイッチが入り、資料集め、調査、専門の勉強がはじまり、それなりに納得して、ハイ、テーマ決定という具合です。
 ところが、じつはその先が大変です。愛川町ほどの規模の町だと職員の数は少なく、1人で4役も5役もで首長に言われた仕事をこなします。ミスしないだけでも至難。とおぜん、じつは充分な研究時間はありません。さいわい議員はふつうもっと勉強してない。というか、その点で職員は議員の先生になります。説明者、はてはお役人になります。エラソーになります。われわれ議員がいけないのです。答弁を訊くたび、「お伺いいたします」とへりくだり、「ご答弁ありがとうございます」で締めくくります。頭がおかしくなっても仕方がないのです。
 そんなところへ、ぼくみたいのがいて、かれらに答えられない質問ばかりしたらどうでしょう。恥をかかせるヤナ奴になります。虐めになります。だから困らせません。先もいったとおり、職員は、ほんとは専門家とはかぎりませんし、政策は町の代行だし、町長を忖度し、うまくやるのが職員の仕事だし。
 では、現実のぼくはどうしているか。ぼくの役割はすこしでも町をよくすること。そのために成果を出すことに尽きます。役人いじめは反発をうみ、成果にならないのでしません。むろん、ゴマスリ質問もまたしかり。テーマを決めたら職員との打合わせに全力投球。「今回は提案のうち○○についてに前向きな答弁をほしい」が前提です。それは町をよくしたいのは町長も町議も同じと思うからです。そのため職員の答えられない質問は、減らしたり、答弁案を用意したり、あるいは訊きたいことを説明・説得にきりかえたりです。
 えっ。それで成果がでるかって。訊かないで下さい。そこまで努力しても成果は少ない。中には質問をやめてという役人根性の人もいて怒り心頭です。反面、たまにいる協力者には感謝です。
 ぼくが友だちになりたいのは大きな骨太の問題に悪戦している誠実で無器用な真の政治家ですのでよろしくネ。

●ぼやき2題
客船はコロナの培養船
 当りまえだが、風邪をひく人とひかない人がいる。むろん引くのは抵抗力のない人。ウイルスは抵抗力のない人の体内で増殖するから。なのに、豪華客船に老人を閉じこめたりして、エコノミー症候群にしたりして、バカか。いや、老人減らし政策だ。そうとしか理解できません。
立憲民主は自民の応援団
 あいかわらず国会は「桜を見る会」ばっか。どのアンケートを見ても、それで立憲民主は票を減らしているのに。コロナとか中国とか韓国とかいろいろあるのに。バカか。
 そんな訳ない。かれらは国会議員だ。予算委員会がほんらい予算審議の場であることは知っている。もしかして予算が分からないのか。うん、少しはそれもあるかも、にしても理解しにくい。それだと、やはりバカになる。
 そこでぼくの結論。じつはかれらに政策がないので、自民の支援をしているのだ。そう思えば立憲民主はバカではなくなる。

愛川の川北地区は危ないか
 いま相模原市の長竹地区に農場地(牧場)造成の話が起きている。そのために、たて・よこ500×400m、高さ50mほど、つまり1,000,000(巨万)㎥の残土埋立てがあるという。地元は反対運動で大騒ぎです。
 ところが、残土が流出するとすればその下流域はわが愛川町ですから危険なのはこちらです。しかし、町も川北地区も音無しの構えです。
 はたして川北地区は危ないのか否か。ぼくは3月議会でそれなりの資料を使い、その危険度を検証します。
 なお愛川町ではかつて長竹地区の近くの残土流出で被害を受けていますから、ぼくが残土被害では第一人者のアドバイスを受けて議会にのぞみます。その節はぜひ傍聴をネ。

2020年2月4日火曜日

●ぼくのスタンス①


フェイスブックでお知らせのとおりスタンス・シリーズを書くことにしました。国政、地方議会、社会問題etcのスタンスです。
ぼくは古い人間で、元は自民支持です。でも腐敗体質がイヤでやめました、が、今も変わってません。桜を見る会、IR汚職など。
まぁ、それで民主支持になったが、こちらもイマ2。イマ2です。批判はよいとしても批判ばかりじゃネ。あげくブーメランが多すぎ。しかも中国や韓国などに甘すぎ。鈍感。
したがい、ぼくは国政的には、保守革新というか"健善党”のできるのを待ってます。具体的には、日本の歴史・文化を愛しと、平和を愛し、領土を守る党。でも大企業優先でなく、格差・差別と闘う、弱者を守る党、それを待ってます。

2020年1月12日日曜日


●ミニ・ノート

・ふたたび町議になって想う。4年まえは惨々でした。今だからいえるが、敗因の一つは、告示日からバイクが使えなくなったことです。
・今回は自動二輪を使い復活。嬉しさより、ポスターと演説だけで当選できることを証明できてホッとしました。選挙費は10万円ほどです。
・さて1面、一番の驚きは“役職病町議”の多さです。訴えたい政策がないからか、それとも自惚れ、そんな人を選ぶからか、う~ん。
・今回は質問に国政絡みの問題を選んだ道はけわしい。職員は目先の仕事で手いっぱい。研究の閑がない。でも誰かが刺激しないとネ。
・にしても国民年金者は憐れ。厚生年金は終戦直前の軍費稼ぎ、共済年金は戦後の貧乏役人救済が目的だったからめぐまれた制度だったけど、国民年会は付けたりだったからネ。
・ところで、ぼくの質問時に年金者の会の傍聴者はゼロ。なぜ。勘のいい人は分かるよネ。
・2面です。取りあえず一般質問は定義的には合格でしょう。が、やがて道路の整備など区長の仕事がテーマになるかも。この機に町議と区長の仕事の役割分担を明確にしたいネ。
・まぁ、それも議会改革だが、ダブる質疑を減らした渡辺代表の英断も改革の一つです。
・ためにぼくの質疑も消え、分かりにくかったかも。まぁいい。また質疑を止める職員がいたら「今度は具体的に書く」の予告ですから。
・その延長が3面の議会改革提案でした。議長は年頭挨拶に使命の徹底や開かれた議会のために改革すると述べたが、議員のみ全員協議会には質疑されたくない案件が多いのだ。
・4年ぶり町議になり痛感。町職員はとにかく規則に縛られている。行政の安定上はしかたない。しかし規則になれると、安定と円滑な運営が目的になり、町民を忘れる。困る。その伝で、町議もそうした職員になれると円滑な議会運営や何でも賛成が目的になる。自分が監視役を忘れる。それが困るのです。
・その意味で思う。議員に改革委員はむつかしい。外部委員会が町民と議員合同の委員会、せめて傍聴者を含めた委員会がほしいよネ。
・とかいう中に紙面が尽きて2点お知らせ。

①フェイスブック始めました。ここに書ききれなかった記事は、そちらに回します。
②この記事も、これからはフェイスブックとブログに回します。ペーパー版は減らす予定です。

●議会改革~議論よりすぐ実現を~

  今までも改革検討委員会はあったが成果は乏しい。その反動か今回は意欲的な町議もいる。ならば鉄は熱いうちに打てかも。大それた改革をしようとしたり、議論ばかりで熱がさめたのだから、できることからどんどんと。そこで思いつくままに提案。
 
・議場に国旗を:愛川の場合、旗でなくパネルだ。議場の旗はスポーツ場の旗と同じで仰いで誠実を誓うものだから、旗をネ。
 
・番号でなく姓で:議員を番号で呼ばないで、囚人みたいに。戦前の権威誇示の名残です。
 
・答弁の短縮化を:質問時間を増やし答弁を減らそう。その分、町議は事前勉強が要る。説明を訊くばかりの時間稼ぎも減るよネ。
 
・復唱をやめよう:議員の質問をきいて、それを復唱して答えないで、かなりロス時間。
 
・「お伺いします」は止そう:「お伺い」はひら社員や生徒が上司や先生にものを訊く表現。町民の代表は町の監視役として卑屈だ。 
 
・地方自治法って何:議長や委員長報告などに「地方自治法○○条により」というのがある。それを言わない時は法律違反みたい。
 
・謝意は禁じ手:ありがとうで質問を閉じ、答弁席へ頭をさげにいく町議も。他の議会にない光景。町議会の緊張関係に反する。

まだまだあるけどキリないのでやめます。とにかく議会は形式漬けの社会で、慣れると気にならなくなり、町民感覚を忘れ形式が目的になり、本来の使命を忘れるのです。

 ●委員会・審議会 ~これまた然り~

町議の仕事は、議場での質問・質疑だけでなく、いろんな委員会の委員になることだが、こちらも「なんか形だけ」が少なくない。この委員長や副になりたい人が多い。驚きます。中には、改善するために毎月開かれるものもあるけど、多くは年に2,3回。1回目が自己紹介で2回目が意見交換でハイ終わりもザラ。ぼくの参加したある協議会なぞ1回町からある外部事業の説明会があったが、それで終り。そして外部といえば、きっと実現しない夢をみんなでワイワイも。何なの。ぼくは1年は大人しくしているけど、議会と同様にこちらも改善していかなくては。憤りの2か月半です。

●一般質問は~まずは無難に~

選挙後の最初の質問です。どうであったか。質問者は役職者を除き、全員。中身ですが「一般質問は町全体にかかわる政策的課題」がほぼ守られました。気のゆるむ人もいたけれど、無難なスタートとしておきましょう。以下、それぞれのタイトルです。敬称略。

 
渡辺    大災害への備え、交通施策、森林整備

岸上    防災・減災対策、町営住宅、安全安心の町づくり

玉利    略(前回のブログ内容のとおり)

茅     健康ポイント事業、若い世代の町内就労支援

小林    (工業団地の)道路行政、中学校給食、終活支援

鈴木    自然災害から町民の生命・財産を守る取り組み、有害鳥獣被害対策

阿部    行政財産の貸付けによる財源確保、町内循環バス再編運行検討 事業

小島    各老人センターと諏訪老人いこいの家半原小学校旧郷土資料館、上下水道施設の浸水・電源対策

佐藤りえ  防災・減災対策、広告事業による自主財源の確保、看板

佐藤茂   居住環境、町民活動

井出    投票率の向上にむけての取り組み、公共工事の平準化

木下    高齢者の交通手段の確保

熊坂    子ども議会からの提案、小中学生に対する政治の教育

 
総括質疑は   ~ぐっと我慢したけど~

 ふつう12月議会だと町提出議案は少ない。その多くは国の勧告によるもので、いよいよ質すものがない。しかも公明と共産を除くと会派は一つだからそことダブる質疑は自粛することになりました。とはいえ、ぼくが質したい議案が一つありました。むろん町が痛いところをかえています、当然かなり質疑を抵抗され、代表に相談し、今回は「ダブるから」ということで、ぐっと我慢です。じつはその痛い点をなくすヒントを提示したかったけど、う~ん。

 

 

2020年1月10日金曜日


●『令和元年は  ~雨天晴天あったが~』

新年おめでとうございます。昨年は大台風、IR誘致、ノーベル賞、ラグビーW杯などいろいろあったけど、皆さまにはいかがでしたか。どうか今年は佳い年でありますように。
  さて、その昨年、愛川町的には選挙があり新体制になり、新会派が生まれ、12月議会をむかえたわけですが、個人的には悲喜半々だった気がします。

 選挙が終わると、まずは会派の決定、議長や役員の選出、つづいて各委員会の構成などとバタバタ。議会の慣例で最年長のぼくが、その選出や構成の多くを仕切ることになったからの意味もありました。神経ピリピリ。

 今まで会派は、「どの会派に入ると役職につけるか」みたいな存在。いわば町民そっちのけでしたから、それを渡辺基さんの意向に沿って「町民のためによく話合う一つの会派」にまとめるのは大変でした。

 しかし、ほぼ一本化のおかげか、議長などの役員の選出は、今までとちがい、立候補宣言を聴き、選挙でできたのは大きな前進か。またその流れの中で委員会などの役員も、かけ引きでなく、民主的にできました。皆さんは「なぜこの人が?」と思うでしょうが。

 ともあれ、そんなこんなで、中身の質や成果は別として、11月の中頃までに、どの委員会も、ベテランと新人の区別なく、誰もが自由に活発に発言するようになったのは確かか。

 その中での12月議会です。ぼくの一般質問2件。一つは林業問題で、国の林業政策のミスで荒れ放題になった山をどうするか。あと一つは国民年金関係。受給額が生活保護者以下の方々をどう支援するか、です。林業は国の指導のままにやってきただけだし、年金は事務手続きをしているだけで、“分かる職員”が育っていません。いきおい一方的な説明に時間をとられ、残念、「ウ―ッ」でした。

 

2016年5月18日水曜日





●4月4~10 ~これじゃダメ~

 さくらの季節です。草むしりや読書のあいまにちょこちょこ近所に出掛けては、あゝ、今年も桜だなあ、というかその逆、出かけてはあいまに草むしりや読書、まるきり平凡な一週間。こんな暮らしじゃダメだ。やりたいことは多いのに。

 で、出かけたのは葬式、行政区の総会、河原清掃ボラ、「明るいJAにする会」のバーベキュー、エトセトラ。例年行く菜の花まつりはうっかりミスでパスでした。

 その中で、心残りはSさんのお葬式。つい10日か2週間前まで元気だったのに。享年82歳。歳をとると元気でコロリか、それともかれがよい人過ぎたか。現役時代は仕事バリバリの社長だったが自慢を聞いたことなし。かなりの教養人だが、知識を語らない。多くの有段者が他人の碁に口出ししたがるが、勝っても照れているだけ、控えめの手本みたいな方だった。こういう人はなくなる時も気配りか。最期さえ、暖かい日を選び、まさに「花のもとに春死なん」でありました。合掌

 総会といえば、ぼくは宮本区に住む。この地は有名な「横須賀海軍半原水源池」をかかえるが、昨年、100年の幕を閉じました。さて、その広大な緑豊かな跡をどうするか。総会にそんな話題一切なく残念。(なお、これについては4/4、夕方6時よりラビンで話しあい。一人でも多くの参加を願うばかりです)

 そうそう、この時期は卒業シーズン、例年だと来賓参加だが、今年はなし。なしだからかえって想像してしまう。今年も小学校の子どもに親は昔の女子大生みたいな格好をさせるのでしょうか。ま、親の気持ちは分かるけど、晴れ着のない母子家庭の子はそれを見てどう思う。卒業式は質素な身なりで! つい思う。

 ニュース。ある民進さんは、ガソリン代疑惑につづき偽装後援会問題。ブーメランが繰り返すです。が、ぼくはそれ自体は責めない。人は叩けばホコリだし、ぼくにも弱みはあるのだし。要はバレた時の対応。即辞任なら人気が出たかも。党首が辞めさせれば低調が止まったかも。結局、正義は偽善と国民に知らせただけです。それが残念。

 もう1つ、パナマ文書です。中に日本の企業がズラリ。467社です。厚木にも一社あるようだけど、企業からは“風評被害“の悲鳴がしきり。えっ、被害者だって。本当か。

 本ですが、今回は一冊。オススメは百田さんの「カエルの天国」といっても久美堂のカリスマさんのご推奨。中身は安全保障関係だけど寓話なので読みやすい。欠点は面白すぎて1,2時間で読み終わること。でも著者に聞きたい。安保問題は、右寄りも左の人も狂信的だ。ということは知的に勉強することはない。さて、この本でなにが変わるか。



●オマケ だから何なのさ

 たぶん世の中の99%はどうでも良い話で成り立っている。例えば妻が知人の夫の出世や稼ぎ、他所の子の学力、あるいは浮気を話題にすると夫は愚痴る。「だから何なのさ」そして、夫は語る。政治や経済や世の動きをさもエラソーに、高級な話題みたいに。が、これも、妻から見れば「だから何なのよ」文化、スポーツ、芸能、趣味、みな然り。つまるところ同じで、だから何なの。どうでもよい話。でも語る。要は、人は語りたい。あるいは認められたい。

 そう思っている時に手にしました。「神さまのコドモ」 1話3分で読めるどうでもよい話の42の物語。すべて荒唐無稽なのについ読んじゃう。気がついた。あまりにくだらないからつい読んじゃう。例えば、ぼくならこんなオチにしないぞ、ぼくならこう書いて含蓄をもたせるぞ、といった具合に。そして、また気づく。人は考えたいのだ。あるいは作者より上に立ちたいのだ。もうひとつ、大衆は評論家でありたいのだ。だから何なのさ。

 そこで、さらに考える。そうだ、ぼくは、ほんとは評論家になりたくない。もっと確実に生きてきた何かをやりたい。その実績がなく評論家しているから、毎日、カラ元気でウツウツとしている。今を現役で頑張っている人にウツウツの暇はない。チクショー。やるゾ。この頃のぼくのこころです。行け、どうでもよい話の脱却へ! でもどうやって? あれっ、これもどうでもよい話か。





2016年4月21日木曜日

これでいいですか愛川町(新聞折り込みのWeb版)


Apr.15.2016 by玉利まさる


議会や町政が変わりましたか

 

 町議会が新体制になり半年になります。その間に町の人口ビジョンが発表され、3月には、今年が折り返し点ということで、はじめての本格的な“小野澤予算”が成立しました。

 そのせいでしょうか。ぼくはよく聞かれます。新人が入ってなにか変わりましたか。町の人口減対策はほんとに大丈夫ですか。そして、町長は頑張っていますか。ウッ、そんな質問をボクにされても困るけど、気分は分かります。「議会や町政が見えにくい」は事実です。しかし、加えれば「愛川町の内視鏡」を出す立場でもなければ、その経済力もないのも事実です。ウーン、唸った挙句に決めました。かつての「これでいいですか愛川町」みたいに議会ごとにとは行かないが、2議会ぶんを1回として、なんとか年2回出しましょう。むろん中身は薄くなるけれど、ぼくの信念の残滓といった意味でも、今でも励ましてくれる方へのお礼の意味でも。

●新人 ~それなりに新鮮~


 さて、新人3人の登場で何が変わったか。正直、議会はベテランが“大きな顔の社会”ですから、それほど変化無し。とはいえ、その大きな顔が減り、新人が懸命にやるのは新鮮です。とくに鈴木・阿部両町議は真面目です。存在自体に刺激的な意味がある感じです。

●人口ビジョン ~大山鳴動して~


 人口減対策、わけても総合戦略はそれなり巷の注目を浴びました。が、議会の質疑は、正直、いま一、いま二です。はじめて事業に目標値が設定されたのにその根拠を問う質問はほぼゼロです。町議の質が気になるが、選んだのは町民ですから、感想は「ウーン」のみ。

●小野沢色 ~まさに愛川町民の声~


 もともと町長の公約は大半が町民の要望を並べたものですが、今回はその多くを事業化しました。そして、要望の多くは町民の“おねだり”で、共産・公明の得意分野です。それに応えた予算だったと言えるかも。反面、本当に大きな政策はなかった、とも言えるでしょう。町民の要望レベルの反映でありました。

 

 


12月議会 ~無難なスタートだが~



●まずは一般質問。12人が質問しましたが、その中身はざっぱに議会だよりに出ているので略します。ただし、一般質問の本旨は「町全般に関わる政策を問う」です。たとえば区長さんのあつかう地元の道路事業などは範囲ではありません。その点、どうであったか。

 さて、その旨に沿うと、井上・山中・渡辺・鈴木・阿部・佐藤りえ・熊坂崇徳のテーマは評価できる視点を含んでいました。むろん、テーマは良くても「訊くだけ」は除外です。



●つぎに質疑ですが、12月議会の議案は補正予算と条例です。つまり、不可欠なものと国の法改正を伴うものが主です。その点、ただ答弁を訊くだけなら「質疑なし」も一つの見識でしょう。というわけで問題なしでした。



●それから請願・陳情です。私学助成の拡充を求める意見書の国への提出を採択しなかったのはどうでしょう、地方が国での議論を否定するわけだし。あと一つ、安保法案関係の陳情の扱い方です。同じものが9月議会に提出され、その時は「継続審査」扱い、そして今回は審議なし。これは論理の矛盾です。いかがなものか。



●最後は、議会が閉会してから開かれた、町の「人口ビジョン」と「総合戦略」についての質疑です。とりあえず議長以外の全員が質したのは評価しますが、中身はどうでしょう。井出・渡辺・阿部町議、目標値(KPI)の根拠を気にした崇徳、りえ町議などは評価できます。しかし、大方は聴くだけで、かなり残念でした。

 なお、この重大テーマで、ある町議が「項目は多いけど大したことは訊かないので安心して」と笑いを取ったのはいかがでしょうか。

 まあ全体には不可なしの12月でありました。




3月議会 ~不適切発言の背景は~

●一般質問です。ざっぱな中身は、例により敬称略で以下です。さえ、本旨に合っていたか。
井上(消防・防災・半原活性化)、山中(愛川ブランド、‘25年問題)、渡辺(総合戦略、駅伝大会、給食)、小倉(PPS(新電力)、道の駅、バイオマス発電)、馬場(環境施設組合、消防団員の制服、職員の健康、町長の意気込み)、木下(愛川聖苑、職員の意識改革、社協との連携)、小林(国保税、三増陸上競技場)
阿部(地域包括ケア、新財源創出)、佐藤りえ(引きこもり対策、代読・代筆支援、ヘルプカード)、岸上(生活習慣病、マイナンバー)、佐藤茂(都市マスタープラン、教育長の抱負)、鈴木(給食、災害時の要支援者支援)、熊坂崇徳(観光振興、財源の確保)


 そして、このテーマから、訊くだけ、同じテーマの繰り返しなどを省き、政策性からみてみると、山中、渡辺、小倉、小林、阿部、りえ、鈴木、崇徳町議の質問に評価したいものがありました。もちろん、テーマはよくても、町が取り組んでいる個別の事業は総括質疑のテーマですので、評価から除外しています。なお馬場町議が4年ぶりに質問。努力賞かも。





●つぎに総括・代表質疑です。主に予算関係に集中し、人口減少対策とからむ追及があまりなく残念しきりです。そうしたなかで、井手町議を筆頭に、渡辺・山中両町議はそれなり見識を示していました。また小林、りえ、崇徳町議も頑張っていました。そして新人町議の一人に質問がなく、残念でありました。

 なお、今回ある町議が、不謹慎や意味不明発言をし、一部「議事録抹消」の扱いを受けました。かれを弁護する気なないけれど、今まで議会にそうした発言を黙認する流れはなかったか。これは議会全体の反省材料でもあるでしょう。質問・質疑なしは不真面目の極みだし、訊くだけもある。根の深い“事件”です。





●それから、軽度外傷性脳損傷などの相談窓口の設置や障害者など移動困難者の通院支援そして重度障害者の医療助成継続を求める陳情などがあり、鈴木町議ががんばったけど採択なしです。弱者への思いやりこそ町議の姿勢の基本に思うと悲しすぎました。





●最後に。人事院勧告による職員の給与アップなどに合わせた議員提案(議員報酬アップ)の可決です。おっ、弱者に冷たく、自分に暖かく。なんという調子のよさなのか。第三者ではなく、自分たちでアップを求め、可決するとは。

 そもそも人事院勧告とは何か。職業別民間給与実態調査は、ほとんど大企業が対象で、民間の年収をおよそ1300万円としている。それに準じて公務員の給与を決め、真似して議員報酬アップとは。ちなみに実態に近い国税庁の調査だと、民間の給与はその半分以下だし、愛川町民の給与はさらに下。バカにされ3月の終わりです。


玉ちゃんのザ対策・人口減① ~財源は医療費に~



 町の予算は241億ですが、4割強が医療費です。国保などの会計が95億円、一般会計への食い込み7億円です。しかも高額医療や介護保険の会計は年2億円以上の増加です。

 ふつうその意味は、財政パンクまたは極度の行政サービスの低下です。視点を変えます。そのなかの無駄を5%見直すと、5億円の財源が捻出できます。その分、大胆な人口減対策に回せます。じつは国保会計などは財源の宝庫です。

 「医療費へのメス」の先例は全国にあります。典型の一つは夕張市で、破綻を契機に見直し、立ち直ったのです。

 手法は無限にありますが、肝は、どう安易な通院、クスリ漬け、大学病院依存、高齢医療を見直すか、そして未病・予防を充実させるかなどに尽きるでしょう。

 紙幅がないのでポイントを絞ります。ジェネリックの徹底だけでも医療費は下がります。しかし最も重要なのは、いわゆる町医者の、総合医化、ファミリー医化、かかりつけ医化です。地元医師が、家族の病歴・薬歴・生活環境の情報を一元化し、適切に指導すると大幅に医療費の無駄は減ります。かつてサッチャーが実行しましたが、銚子市その他がその例です。

 あと一つ、国保会計の広域化でレセプトの分析が進んでいます。その情報により、高額なものから手を打てば、相当無駄が省けます。

 因みにわが町だと年10億円は財源を産めます、ザ・対策の筆頭に医療費を上げた理由です。

ミニ・ノート



●「内視鏡を出せ」の声に押され、「これでいいですか」の復活です。2議会に1回で中身が薄くなり、ゴメンね。何にかで埋める準備中。

●1面は、議員の新旧交代の大切さや町議の人口減への無関心を強調しました。ぼくの心配が伝わることを願ってやみません。

●2面3面は主に一般質問の内容。あえて質問・質疑の本旨にも触れました。町議の実力の評価の参考になれば、の積りです。

●4面は、ぼくの人口減対策です。町の対策の何が不足か見えるべく工夫しました。いわゆる人口減少対策の多様性を知って欲しくて。

●なお4月20日にそれについての報告会、24日は半原水源地について話し合い。

詳細は090-5204-6030へ。


緊急追記


3月、町の総合戦略に交付金がつきました。まだ時間的に戦略の評価はできないが、国政選挙の近いおり、全国一斉です。因みに交付額は清川並みの少額。戦略がよくて勝ち取ったわけでありません。誤解なきよう念のため。



愛川町半原4345「これでいいですか愛川町」玉利記


●3月21~27 ~犬はあるけど~

 今週は何故か出歩きが重なった。しかし、犬も歩けば棒に当たるというけど、ノラ犬はあたっても大した収穫がないという話体験です。

 たとえば、月曜は孫が「ご入学」という地球儀や世界物知り地図の買い物。一応は世間並みの爺さんぶりだが、普段接触が少なく、孫のことはよくわからない。それで買い物をして自己満足。その俗物に呆れる。

 火曜は市ヶ谷でがんばろう日本の方と意見の交換。ついでに棋院で一局打って気分転換。

 金曜は議会最終日。全員が賛成討論で面白くない。とくにある女性、町への評価、感謝、敬意の連発でなにそれ。町民に代わりチェックする立場がゴマスリではなにか見苦しい。

 土曜は横浜で「主権者教育を考える」の集い。18歳選挙権の折からです。が、何、その内容。今の大人が守れない主権者の責任を18歳に押し付けてどうする。自己反省を訴えろ。

 まだあるが、こんな具合でありました。

 つぎに大きなニュースは、ベルギー・テロだが、「日本はヘンに首を突っ込み、巻き込まれるな」の一言で終わりにし、気になるのは児童相談所の不作為による中学生の自殺です。そもそも何のために児童相談所に親から子を離す権限を与えたか。なぜそれが機能しないか。事あるごとに騒ぐより、児童相談所の体質を問えよ。



●オマケ ゲス考

 この頃、メディアに「ゲス」という言葉がしばしば登場する。たとえば「乙武さんが不倫したとか。あいつはゲスだった」といった具合に。その使い方で良いのだろうか。

 因みに「ゲス」は下種と書く。時に下衆とも下司とも書く。元の意味は、身分の低い人、あるいは知能の劣る人。そうした人たちは品性に欠ける想像をしやすい。そこから転じ、末梢なことに気を転じ、余計なことに品性に欠けた疑いをするひとを下衆という。「まあ、乙武さんイヤラシ―」などの使い方を「下衆の勘繰り」といい、これが本来の言葉の使い方です。したがい、ゲスは乙武さんではなく、変な想像をした人たちのほうであります。して見ると、ゲスなのは騒ぐメディアです。

 そもそも乙武さんが身分が低いとか知性にかけると誰が言えるか。まして不倫なぞ、個人や夫婦の問題。その事情なぞ誰もわからない。仮に、本人が認めているから不倫があったとし、それがいけないかもわからない。ぼくの知人に10年以上、妻に性交渉を拒まれ不倫した。それが責められるか。ある女性は夫の暴力と異常な性癖から逃れるために不倫した。責められるか。また妻が浮気の連続で夫が不倫した。このように人さまの事情は千差万別だから下衆の勘繰りなぞしたくない。エラソーに、あるいはウラヤマしさの裏返しみたいに。

 そもそも乙武さんは四肢が欠ける。にもかかわらず仮に5人の彼女がいたら、どう思うか。かれの行為は、どれほど同じように障害を抱える人たちを元気づけたことなのか、と頼もしく思う。障害者はきっと「手足がなくても、人間的に魅力があればモテるんだ」と勇気づけられた、と思う。

 じっさい、日本には障害者のための性的ボランティアの機関が少ない。かつて、それでも、ぼくはセックスしてくれる相手を見つけ、かれらに紹介したことがある。性欲は十分に健全であって、足の不自由な方にどれほど感謝されたことなのか、今回の乙武騒ぎで、ぼくはそれを思い出しました。

 ゲスな人たち、ゲスなメディアに言いたい。ない知恵で下品な噂を広めてくれるな。どうせなら、ない知恵を絞り、思いやりのある想像をしてくれ。かれは肢体不自由者の星です。希望です。あまりケチなことを言うんじゃない。

 最後に乙武の奥さま、いつもかれを支えてくれてありがとう。これからもよろしくネ!

 ぼくは、貴方の夫を弁護する謝罪に、苦悩を思うと、感謝を禁じえません。



※最後に今週のイチ押し本。それは。田中角栄を書いた慎太郎の「天才」 かれの“偉業”の歴史的評価や功罪は別として、ムチャ面白く、十分に考えさせられる本です。読んでね。



●3月29~4月3日 ~いつもどおり淡々と~

 今週は珍しく外出が少ない。ということはいつもどおりに淡々との毎日。メインは復活「これでいいですか愛川町」の原稿書き。紙幅は少ないし、書くべきテーマは多いし、加えてメリハリもほしいし、ああでもないこうでもないで3日かかってしまった。それで、他はといえば、草木の勢いのある時期、草むしりとか、障害者訪問とか、片付けとか、むろん読書に打碁とか……。外出らしい外出は「笛と太鼓の音楽祭」のみ。第7回にして、やっとそれなりの人出でした。何しろ外国の方(今年はネパール)からわざわざ演奏にみえるので、ほっとしました。この町は何をやっても住民が認識するのに時間がかかります。7回目にして行政(教育委員会)がそれなり後援するぐらいですから。

 一方、ニュースです。こちらは、結構、考えさせられました。まずは「民進党」のスタートですが、どうなるか。何しろ同名の台湾の人気政党は「同じ名で迷惑」なんて思っているぐらいです。ぜひぜひ、結束力と新鮮な政策力を見せ、名誉挽回してください。できるかなあ。岡田では暗いし、迫力に欠けるし。つぎは児童福祉法や虐待法の改正です。例えば「臨検」の強化など買う点はあるけど、それで何が変わるの。法を変えるのは良いけど、問題はそれを運用する人が変わるか、でしょ。気になるのは、役人的、つまり不作為、消極的な対応が変わるか、です。そして議員はそのあたりを十分に配慮したかです。また一つは、ハンセン病の隔離裁判を裁判所が謝罪したニュースです。これにはぼくの個人的な感慨があります。実は仲人の医師の父親がかつてハンセン病の名医でありました。その関係でむかしハンセン病の隔離地を訪れたことがありますが、一口で言えば「なんと異様に暗い環境なのか、そんなところに人を一生閉じ込めるとは」 そのせいか、謝罪までの道のりの長さを思う。これまた役人的な反応の鈍さからきた隔離だったか。

 最後は、「外国人労働者100万人」時代の到来です。これは。人口減社会と労働者不足が言わているおり、良いことか悪いことなのか微妙です。その意味は、中学、高校、あるいは大学でしっかり勉強しておかないと我々の就職先がなくなることです。欧米、たとえばスウェーデンやノルウェーでは100万人突破は「教育へ力を入れよ」でありました。気づく人が少なく、心配になります。

 終わりに、今週のおすすめ本ですが、正直、いま読んでいる本は面白くない。でもカタくてもよいなら一冊。「丸山真男と田中角栄」です。この丸山真男、60年安保のころ講演していました。高校生のぼくも聴きにいったけど、そんな世代にはなにか得るものがあるかも。チラリ、青春への悔悟もふくめて。



●オマケ ~どこまでが人権~

 「保育園落ちた、日本死ね」のブログを契機に、幼児を抱えるママさんたちが国会に押しかけたりで、いま待機児童問題がやかましい。だが、あえて誤解や批判を恐れずいえば、この問題どこまで国の、あるいは行政の問題だろうか。

 ぼくは、日頃は、政治の本質は弱者の代弁と訴えている。では待機児童を抱えた母親は弱者か。「日本死ね」とのたまい、幼児をダシに使うせいか、どうもそう見えなくなってしまう。

 だから思う。そもそも子どもを生むのは個人の問題だろう。産みたくても産めない人もいるし、すすんで産まない人もいる。子育てについてもしかり。選択は自由という点、個人の問題だ。仕事についてもまたしかり。働くのも働かないのも個人の問題。こちらも働きたくて働く人、働かないとやっていけず働く人、自ら子育てに専念したくて働かない人。選択は自由だ、ということは個人の問題だ。ということはもしかして国の問題ではない。

 ついで、もう一つそもそも、そうした選択の自由の中で、よほどに体力や気力があるのか、堂々と子を産み、堂々と仕事もするなど、そもそも彼女らは社会的に強者ではないのか。

 皮肉でない。ぼくは若くして妻を失い、子育てもしたから知っている。毎日がヘトヘトで、政治家よ、助けてくれ、と叫ぶ気力もなかった。第一、子育ては親の責任と決めていた。

だからつい想像する。幼児を抱え、同じように子育ては、とくに子どもが3歳までが勝負と決め、仕事を少し控え、頑張っているお母さんもいる。かの女たちは幼児を見せつけて主張する。日本死ね、の態度もどう思う。「黙々と頑張っている人が弱者だ」そう書くと、反論が聞こえる。「待機児童は300万人もいるのよ、個人の問題じゃないッ」「ウーッ、わかった」認めよう。そう社会的問題だ。で、その社会ってどこ。会社に行くのに預ける保育園がない、という社会問題だとしたら、もしかして、企業が保育園を用意しない会社問題かそれとも儲からないから保育を作らない増設問題か。いずれにしろ、子のない方、あるいは自己責任で子育てをしている方には無関係です。

 えっ、違うって、もっと広く国民全体の問題だって。300万人もいるから。ウッ、ウーッ、それも認めよう。たしかにそう考える国もある。たとえば北欧に。でも、その場合どうしたか。受益者負担の原則にしたがった。待機児童を国の問題としたから、税に跳ね返った。権利の主張は義務も伴う。

 ふと、そんなことを思うのは、日本死ね、が聞き苦しく、見せつけが見苦しかったせいか。ぼくは、あまりの声高は苦手です。つい正義に偽善を思う。待機児童問題の旗手に政治資金の疑惑があるのはそのせいでしょうか。

 ともあれ、待機児童問題でまず着手すべきは応益負担です。一定規模以上の会社には保育施設の設置の義務付けを。民間には保育園を作りやすい法の整備を。ぼくの願いです。

 こうした問題は、あまりに権利の主張で語ると、ことの本質を見失う。義務を忘れる。慎ましく一歩一歩歩いて行こうよ。ぼくは強い女が苦手です。というか、控えめに頑張っている、本来の意味で強い女が好きです。ぼくは古い人間なのだろうか。





2016年4月8日金曜日

●2月22~29 何かが動き出したけど

 今週の動きは、地元雑誌のための原稿(エッセイ)書き、収入ないけど確定申告、すこしはやるぞ、不便だし、というわけでパソコンの基礎の基礎の学習。そして大磯の木食同源にたった木製品展の見学。それから、3月議会の「ここが注目」についてぼくの意見広告の新聞の折り込み原稿、などなど、春になりなにか動き出したみたいです。

 つぎに新聞ニュースです。まず気になるのが“高校進学貸与、月5.2万円” これ、なんでしょ。困窮世帯の支援強化というなら呆れる。ぼくも議会で「子どもの貧困」を扱ったのでしているけど、困窮世代の中心は母子家庭だし、その家計はほぼ生活保護者並です。そして原因の多くは“逃げた夫はふつう子どもの養育費も払わない”です。お金持ちの厚労省の役人には何も実態が分かってない。貸与では怖くては借りられないし、そもそも5.2万円ではやっていけない。ウーン。

 次に「民維合流」ってなんですか。これ、そもそも野党、特に民主党の低迷は党内のゴタゴタに離合集散による。民維合流だって、多くの国民には「それって今度は大丈夫なの?」です。まずはゴタゴタを見せない体質になるのが先決でしょう。でないと民主党の応援はしにくい。

 一方。自民党も困ったもんです、結果力は買うけど、アダムズ方式の先送りってなんですか。諮問の無視です。なら、はじめから有識者会議などに諮るな。そもそも国は審議会をまるで政府の追認機関としているから、こんなこともおきます。もっとも地方自治体の審議会とか検討委員会なぞ、もっと御用色が強いけど。

 で、腹が立ってきたのでニュースは終わり。

 なお、29日は新年度の第一回目ということで、ほとんど議案説明の一日です。日程が53項目もあるけど、そのなかの18件が行政区への児童館の指定管理の指定です。とはいえ、もともと愛川町の場合、行政区自体が法的に行政区なら指定管理はいらないし、じつは自治会というなら、やはり指定管理者とすれば予算上の扱い方がわかりにくい。なんだろう。

 まあ、それはともかく、人口減対策元年なので、予算、総合戦略、5カ年計画、そして施政方針が相互に関連していて。似た説明が続いて、ヒエーというわけで、ぼくは傍聴を途中で退席です。そしてサポセンに寄りライブ中継で見たけど、相変わらず、画像が動かなくなったり、消えたりでありました。これもヒエー、です。

 あゝ、しんどの一週間でした。

 あと読書ですが、多忙で、息抜きのものを2,3冊。紹介するほどのものではなかったです。

 そうそう、もう1つ追加です。タウンニュースによると、「半原水源地の今後を考える会」が開かれたとか。さて、何が出来るだろう。この水源地を含め、旧愛川地区の活性化の話はもう何年もくすぶっているけど、少しも進展がない。そのためぼくも業を煮やして組織を作り行動することを提案したことがあるけど、地域の活性化は選挙用のタテマエなのか、古い町議によけいなことを言うなと叱られた。ぼくは「考える会」から声がかかってないので不参加でしたが、成功を祈るのみです。なにしろ行政や議会の本気度が見えませんので。



3月1~6 疲れ多忙か、ボケなのか

 いよいよ議会の本番だけど、ボケの一週間。まず月曜日に財布を落とす。コピオの久美堂で本を書い、ベンチで横に財布を置き、パラパラめくる。そこへ知人が来て、話しかけられ、席を立つ。財布を置いたまま。で紛失です。翌日も次の日も似たようなので、カバンとケータイの置き忘れ。これはどちらも店内のことなので出てきたが、この期も小さなミスをちょくちょく。ああ、多忙か粗忽か認知症の初期なのか。サンリンボーでした。

 さて、月曜火曜は一般質問です。注目は人口減関係に町議や町民の関心が熱いか。残念、一般質問13点(35項目)中、直接間接にふれたのが3件のみです。傍聴者数も普段と変わらず。注目といえば、馬場町議が4年半ぶりに質問したぐらい。

 そこで、雑把な中身です。人口減にふれるのは、山中町議の25年問題(団塊世代が高貴高齢者になる時期)、渡辺町議の総合戦略(主に交付金の活用)、それに少し触れるのが佐藤茂町議の都市マスタープラン(人口とのからみはなかったが)でありました。

 他は、いつもどおりのテーマや訊くだけや軽い要望でありました。(で、より詳しくは例により新聞折込で配布の予定です)

 なお、傍聴できなかったぶんはライブ傍聴でしたが、あいかわらず中断が多かった。10何回まで数えたけど、バカらしくなってやめたほどです。

 そうそう、物忘れが酷いといえば、対策として木曜はかなり十分寝たけど、効果なしなのか、日曜日も仲間との河原の清掃も忘れて、寝過ごし、うんボケでなくぶったるみでありました。

 あと外出といえば、高校受験の結果が揃ったので、知人に祝いを配って歩きました。長年塾を経営してきたので。中学生にとり合格がいかに嬉しいか知っていたから。因みに、ぼくの教えた子3人は、学校に海老名、厚木東、そして厚木北高の受験を迫られていたけど、それぞれに平均46点で厚木、42点で海老名、そして本人申告34点で北へ合格。「ヤッタネ」で2ヶ月ほどの家庭教師を解放されました。

 で、今回のニュースは辺野古移転訴訟和解です。経緯からありえない話です。だからって「選挙対策か」の記事はいかがでしょう。メディアが憶測を記事にするとは、悪い癖です。

 一つ不思議です。某町議より農業体験したい方のやすいアパート探しを頼まれました。でも人・農地プランの叫ばれる折、就農者の家探しは農政課の仕事です。しかも空き家の多さは町の悩みです。でも、その町議いわく、「空き家バンクの所管は農政課ではないので相談を断られた」 えっ、まさか、もしかして縦割り行政の弊害か。信じられない。ぼくなら農政課をとおして話をつけられるけど……。

 最後に今週のイチ押し本。それはいとうせいこうさんの「想像ラジオ」です。おりから3・11の5年目ですが、その風化をおそれ、死者と残されたものとの新たな関係を訴えた本です。出だしは正直読みづらいけど、最後は目からうろこで読了しました。自分が鈍感かナイーブかのバロメーターにもなるでしょう。毎日の新聞の事件事故が他人事の方には意味不明の本ですので、念のため。



3月7~13 ~ただじれた1週間~

 週明けは愛川町議会の個人総括質疑の傍聴でスタート。といっても雨なのですべてライブ中継傍聴です。町の機器も協力してくれたのか、珍しくトラブル無しでした。

 さて、質疑者は6人で、共産の2名以外は各会派から1人づつ、まるで会は代表質疑の体でした。たしか4年前の同じ時期だと公明さんが発言していないので進歩ということか。でも公明さんといえば、新人が前回につづき質疑していないので、少し寂しいかも。

 ただし、あまり書くことなし。条例はたくさんあったが、法改正に寄るもので質疑なしだったし、補正予算案件はいろいろあったけど無論説明を訊けば済むものだったし。そんな次第です。

 でも、あえて加えると、法改正によれば何でもオーケーかはやや疑問。たとえば人事院勧告による給与改定がそれ。そもそも人事院が改定の資料にしている基準データがむかしから民間の給与の実態を反映してないと言われる。議員としては、国へ苦言の意見書を出す気概も欲しいと思う次第です。

 ともあれ、本日テーマの議案(条例、補正予算、指定管理者の指定など)はすべて採択されました。

 中一日あけて9日です。冷たい雨の土砂降りということで、自宅で会派代表質問のライブ中継で傍聴です。ん、ん、この場合は傍観か。

 さて、中身です。この時期の代表質問ですから5人。小倉、熊坂(崇徳)、小林、渡辺、そして井出の5町議が予算や施政方針などについてあれこれ質しました。で、メンバーを見ればわかるとおりに、個人総括質疑とダブリなしで、あたかも分業です。あれと思うのは、監査役の井手町議の登壇で、結局、新人では岸上町議だけ質疑なしです。

 あとひとつ、それぞれがかなり多面的に、そして大きな問題を多角的に取り上げたのは良いとして、さほど意見なし、要望なしでは何でしょう。今回の目玉の総合戦略に苦言の一つもないとは何でしょう。そして、新人の手本になるべき某ベテラン町議、代表質問の本旨「議案への疑を質す」を忘れ、通告書から脱線するやら、質問事項の順番があちこちになるやら、ほとんど持論の展開になるやらって何でしょう。

 相対的に見て、熊坂、渡辺両町議が順当。共産・公明が「らしさ」も含め妥当でありました。にしても、総合戦略の目標値への質疑が皆無だったのは無念です。

 つぎにここ3日間にあった気になるニュースです。まずは広島の中3の三者懇談(ふつうは面談)日の自殺です。報道では万引き歴誤記が誘因とされるが、果たしてそうでしょうか。じつは、この三者面談はむかしからかなりの数の親子を苦しめる制度の一つです。たまたま起きた万引き歴の問題を追っても根本の解決にはなりません。ぼくがかつて進路指導に関わっていたときも自殺未遂が3件、自殺が1件あり、それはその懇談(面談)のあり方に関係していました。本質は「どう面談制度を健全化するか」ですが、いまは触れません。新聞に訴える記事を書く予定ですので今しばらく待っててネ。

 あとひとつは高浜原発運転差し止めのニュースです。とりあえず仮処分決定の要旨を読みましたが、近年まれに見る説得力でありました。が、推進派の反論も、プロなのでかなりの説得力です。ぼくにはどちらが正論なのかわからない。ハッキリしているのはただ一つだけ。高度に複雑化・専門化・多様化している今日、法律の専門性だけでものを判定するのは不可能です。裁判官も分野別に専門化する時期だろう。たとえば化学裁判官とか投資裁判官とか医療裁判官とか。でなければ妥当な判決は出来ない。

 なお、今週、18歳選挙の折、「主権者について考える」フォーラムがあったけど、中身はむしろ一般人に聴かせる話です。ぼくたち大人こそ、主権者としての自覚に責任感を欠いているから。あと外出といえば、選挙近しで、ある国会議員の報告会でありました。



3月14~20 ~順番を代えてよ~

 今週は総務建設や教育民政の常任委員会がズラリ。したがいメインは委員会の中身のチェックです。が、じつは気抜け。本来、常任委員会は町が議案を細かくチェックし、そこで課題を見つけ、本会議でそれを徹底的に審議します。ところが今回は本会議(総括質疑や代表質問)が先でした。で、委員会で今さら何を聞くのか。結局、常任委員会は、ただたんに説明を伺うに終止した感じです。順番をかえてよ、でありました。

 その他の外出は、ある国会議員の会食と囲碁大会くらいです。この機会に触れますが、ぼくは年に10数回ほど国会議員とサシで食事してます。かれらの多くは、フォーラムやシンポジウムで知り合った方、知り合った地方議員に紹介された方、あるいはぼくのブログなどを見て紹介された方なのです。とおぜんそのテーマは具体的な国の政策の課題です。党派は問いません。意見を伺うことも言うこともあります。それなり意義があります。

 が、たまにとても不愉快もあります。特に選挙が近い時なぞ。そうした会食は、たとえば「玉利さん、お子さんみんな難関高校の出なんですか」とか「お祖父は貴族院議員だったとか」の家族の話題に始まり、私事で終わります。気を配り、話題をあわすぼくもいけないが、政策の話は抜きに終わりです。

 これ、なんですか? 選挙って市民へのゴマすりか。いや、ゴマっぽいとそれを喜ぶとユミンが多いということなのか。あるいは家柄、学歴、家族を誇りたい町民が多いということか。そう、年1,2度、気分の悪い会食もあります。なお、囲碁は2連敗のあと3連勝。くそっ。

 あとニュースですが、野球賭博に大いに腹立つ。犯罪に有名と無名の差別なし。小さく扱えよ。一方、足柄市職員の給与カット。こちらは大きく扱って讃えよ。因みにわが町など、町民の平均の倍近くの給料をもらっておいて、さらにアップだぞ。くそ。なお、オバマのキューバ訪問は良いニュース。これで国民の自由度が増すのを願う。そのほうがみんな豊かになると思わせるチャンスにしてほしい。