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このページは愛川町議会議員玉利まさるのホームページです。
■現在、最新(2015年7月から)の更新はこちらで行っております。
2015年6月までの記事は玉利まさる@愛川町の内視鏡(旧ページ)に残しますので、どちらもよろしくおねがいします。
                   編集子 K



2020年7月13日月曜日

●議会改革  ~ 町民目線でありたいが ~
 議会改革は、大きなものは改革検討委員会、それ以外は議運(議会運営委員会)といった感じで進めています。
 まず改革委員会ですが、いまはタブレットの導入についてはほぼ順調に議論中。
議員の定数や報酬の見返しについてはもたつきがち。事業評価は検討の入口段階レベルでしょうか。
 議運関係では1つ決まり、6月議会の一般質問から議長が議員を毎回まるで囚人みたいに番号で指名することはなくなりました。まずは改革の第一号でありました。
 やっかいなのが定数と議員報酬。もとは議員のなり手不足。政策力のある若者を入れるには報酬をUPし、その分、定数を減らそう、が一般論でしょうか。が、現実はどうか、給料も定数も今までどおりでいいじゃん、が議員の大方かも。それだと改革は永遠に無理。
 思いおこしてほしい。なぜ定数や報酬は第三者が決めるか、議員に任せれば改革できないからです。
 ともあれ、改革とは自分の都合を捨て、立派な人材を町に呼びこむこととぼくは思う。
 そろそろ肝をくくろうよ。
●反省会  ~ どうせするなら美しく ~
 一面でもふれたが、「反省会」が常態化している。人を責める気持ちは分かる。議員も人の子だし、時には不適切な言動もあるでしょう。だからと言って、多くの面前で個人を口撃するのはいかがか。中にはそっと本人に注意すれば済むことも、こちらの勘ちがいもある。そもそも個人口撃は美しくない。
 どうしても反省会をするなら、建設的な全体のテーマを扱ってもらいたい。
 コロナ禍の折だったではないか。コロナ対策は町に一任でよかったか。注文を出さなくてよかったか。一般質問のコロナ関係が一件だけでよかったか。議員活動が自粛ムードでよかったか。そして町民の代弁者のぼくたちが「多忙な職員を配慮した」と町民に胸をはれるのか。コロナ禍で一ばん苦しいのは税も払えない低額所得者だが、かれらに一律10万円以外の支援は何もない。それでよかったか。
 たとえばそうした方たちを想うとき、ぼくは職員を忖度していたとは言えない。だから毎日、ゴメンネと反省しきりでありました。町民忖度がぼくの仕事なのですから。

●ミニノート

●3月の議会の一般質問は中止だし、以降コロナでステイ・ホーム状態の町議も少なくない。そのため「議会はどうなっているの」と訊かれる。6月議会の報告はブログで済ます予定でしたがペーパー版もだすはめに。よろしくネ。
●ちなみに2,3ヶ月のぼくの行動です。1ばん増えたのが読書で月に5,6冊、次が他市町の議会傍聴で6月末までに17ヶ所、それから道路のゴミ拾いと花植など。あとコロナ貧困か相談を受けることも増加。多忙でありました。
●さて1面、他市町の議会を傍聴したせいか、コロナ対策で多忙な職員を配慮するもよいけど、その過度が気になりました。6月24日には、コロナ困窮で自殺未遂が出ました。支援対象外の無税者への支援も訴えず、自責です。
●そうした中で痛感するのは何か、ぼくたちは町民の代弁をするために議員になったのではないか。職員を思うのも大切だけど、まず町民を思わず仕事できるの?そんな頭で、しっかり町の事業をチェックできるだろうか。
●2面です。ぼくたちはものごとの白黒をつけるのが好き、分かりやすいし。しかし現実には白黒つけられないもの、まず事実を知るべきものが大半です。その1つが盛土埋立て問題です。町民がどれだけ分かってくれただろうか。
●その事実を知るべき問題が、三増の塗装工場です。24日に説明会があり、記録を読んだら見識の高さにビックリ。三増は廃棄物処理場の多い地区です。日頃のそうした悩みや苦労が、かれらの民度を高めたのでしょうか。
●せっかくの見識の高さです。この機会に町に環境影響評価条例の制定も要望したらどうでしょう。抑止力になります。幸い町長も三増の出身です。分かってくれるでしょう。一つひとつ解決だと住民の負担が大変だとぼくは思うので、ぜひ。
●3面ですが、愛川町は定数16人、報酬は税引で月額27、4万円。全国でみると、平均は13人ほど。報酬はふつう、というか、それだと生活できないので、地元の年輩者や、資産家の息子たちが中心、むかしのまま、つまり働く人には少なすぎ、働かない人には多すぎか。ちなみに40代の有能な知人は月給50ン万円+諸手当。かれが町議を望むわけがない。なお愛川の政務活動費は月に1万円だが、ぼくは5万円は使う。見直すべき問題ですネ。

つぶやき

 もしコロナの発生を記録してきた人なら、きっと思う。6月の終わりころからコロナは第二波に突入です。なぜ国や県はふれないのだろう。誠意的な思惑だろうか。 

今回のイチオシは ~ファクトフルネス~

 「ファクトフルネス」はいま売れている本ですが、それを奨めている訳ではありません。ご存知、この本は「ぼくたちはいかに事実でないことにふり回されているか」を書いた本ですが、じつは世の中、ウソの方が強いのです。例えば、レジ袋をやめると温暖化対策に役立つ、とか。まぁ、それについてはそのうちふれますが、今回は事実の本2冊です。
 一冊目は、『地方議員は必要か』(文藝春秋)です。中身は3万2千人の議員のアンケートを分析した本です。読むとそれなりに議員がまじめでやる気があるのが分かります。でも地方議会はよくなりません。なぜか。事実は、じつは「自分はまじめでやる気がある」と思っている方の多くも大したことがない。それがよく分かります。ついでにその人たちを選んでいる人も大したことがない。その事実も分かります。是非一読を。
 二冊目は、『発達障害のウソ』(扶桑社新書)です。著者は精神医療現場でおこる人権問題の研究家ですが、かれは、発達障害の6.5%はウソ、チェックリストはウソ、精神科医の診断はウソ、と怒っています。発達障害や精神病の方の相手10ン年のぼくには分かります。そうした方の症状は人の数だけあるわけだから、分析・分類するほど病人や障碍者は増えるだけ。そもそもクスリは症状を抑えるだけで病気を治しません。医療の発達って何なの。
 ラオス、ミャンマー、ベトナムの僻地の学校や施設を明るくと思います。現地の先生や施設の職員は胸をはります。「わが国には幸い障碍児はいません。少し変わった子、勉強の苦手な子はいるけど。病名がないので本人に劣等感はありません。できの悪い子にもそれなりに仕事があり、自立できます」。かれらと日本の子とどっちが幸せか。改めて考えさせられる本でした。是非是非一読を。
 といっても、読む人はすでに読んでいるし、読まない人はすすめても読まないか、自分は事実を知っていると思うから。グスンですネ。


 

2020年7月11日土曜日

百合子圧勝に思う。~キーワードは毅然か~

 都知事選は小池百合子圧勝で終わりました。ただの圧勝ではありません。以前対立していて今回はすりよってきた自民の推薦をけって圧勝です。衆院選ではふられた小池に噛みついて勝利の立民の超低迷で圧勝です。7大公約のほぼ実現なしとコロナ対策の成果なしで圧勝です。国民は自主投票の半端政策で圧勝です。れいわだとか、ましてN国などただの目立ちたがりのせいで圧勝です。そうした政策だとか政策もどきとか、作戦とか小手先口先に都民はうんざりで圧勝です。かくいう都民も「差別はいけない」と喚いていた自分を裏切って圧勝です。人それぞれが右往左往に飽きたのでしょううか。今回は小沢の「お」の字も出なかった事だけがぼくの救いです。
 国民は、与党の愛国思想は評価し、弱者軽視は買いません。野党の暮らしを守るを評価し、中国・韓国寄りを評価しません。与野党のいいとこ取りが真の国民民主と思うけど、政党の国民民主は今回もふらふらしていました。
 でも、ぼくは今だ、小池さんと国民民主の結びついた「希望」にいるのです。これを機会に、その再来はないかなぁ、望みはかすかなんだけど。

ドクダミ散策

 虚弱児だったぼくには6月は皮膚病のシーズン。オデキだらけでした。が、同じ時期に満開のドクダミは薬草です。母はドクダミを煮詰め、その汁で体をふいてくれました。しかし効果はいま一つです。それで今度はドクダミ茶にして服まされるとオデキが消えました。小学校4、5年生の頃です。
 中学校は杉並区の神明中学でしたが、進学校で有名でしたが、ぼくには最悪でした。できの悪い子は相手にされません。授業中はやることがありません。よく教科書に落書きしたり、辞書を引いたりしてました。そこである日ドクダミを調べるとドクは「毒」でなく「蕺」で、山の名前です。蕺草(シュウソウ)と書くのです。
 高校は、一転して当時は底辺校で悪名の日大鶴ケ丘です。今度は授業が簡単すぎてすることがありません。そこで、ある日、なぜ蕺草をドクダミと読むのか調べてみました。すると、ドクダミというのは日本語で、諸説ありますが、どうやらドクダミの解毒作用があるのでドクダメから来ているのです。語源は音と訓から調べないととはじめて知りました。ちなみに「木」は漢字的にはキと読めません。古代の日本人には木は「気」を発するものの代表だったのでしょうか。ぼくたちは森へいくと癒されますが、それも気のおかげです。では「気」とは何か。その正体は香気です。とくにヒノキやカツラの香りに鎮静作用があると分かったのは近年のことだけど。
 大学に入ると英語屋になりました。たとえばハッピネスと幸福とは同じか、に興味を持ちました。以後、漢字、日本語、英語、ラテン語の語源から言葉を考えるのが趣味です。
 なお、話をもどして、ドクダミはハンゲショウ科で仲間です。ともに白い花びらはじつは花ではなく、ともに根で増えるのも同じです。そして、ともに最高の茶室の花とされるのは、ともに心を落ち着かせてくれるからでしょう。
 

2020年5月25日月曜日

・お知らせ

・6月4日一般質問「津久井農場残土埋立」(コロナの関係で一項目に自粛です)

・5月1日 町は「観光・産業連携拠点づくり」の事業を発表。(争点だった半原水源地の歴史にふれていないので、ぼくは地元の雑誌「やまゆり」に歴史を書きました)

マーガレットの戒め

 フェイスブックに庭に咲き乱れるマーガレットの写真を載せました。美しいからだけでなく・・・。
 明治18年、祖父喜造は29歳で国にアメリカ留学を命じられています。その折、いろいろな農産物を持ちかえっている。中に一袋のマーガレットの種を入れておいたそうな。
 それに除虫菊の名を付けたのも喜造らしいが、こちら蚊取り線香として世に知られる。また一部はマーガレットの名のまま皇室の庭園(今の新宿御苑)に供されるが、美しさで全国は広まったと聞く。
 さて、その29歳という年齢です。祖父は19の時、西南戦争直前のとき西郷隆盛に出会い、「おはんは農業発展のため江戸へいくがよか」と肩をおされ東京へ向かう。24で帝大(東大)の最初の卒業生、27歳で新渡戸稲造とともに農学博士一号取得、それから2年して、褒美か期待か知らないが、シカゴへの留学を命じられてます。西郷と出会い10年後となります。
 もちろん、自慢ではなく、むしろ自時です。じいさんに較べぼくは情けなさすぎ。なにしろ19歳は受験浪人中。弁解すれば、病弱と低能児と貧乏人の枠のぼくは、17ではじめてイジメにあわなくなり、19が受験勉強の出発点。
 が、あとがいけない。24歳までは好奇心が強いから雑学の日々。社会に出ると、チコちゃんみたいな「えっ、そうだったの」式の話をつまみに酒と女に明けくれ、瞬く間の10年でありました。祖父とは大違い。
 だからマーガレットが咲きほこる度に思います。失った10年は戻れない。いまさら好奇心は変わらない。ならば雑知識を役立てる手はないものか。ともあれ、ぼくの雑学は劣等感の裏返しだったのです。

今月は『アジア近現代史』川島博之を!

 コロナの折、読書しかないと思うけど、終息すればたぶん夏。きっと恒例でメディアは‟あの戦争”の話題です。でも、記事といえば8割が侵略戦争史観か、残りが解放史観で困ってしまう。ぼくも著者と同じに、50代の終わりからベトナム、ラオス、ミャンマー、インドネシア、フィリピンほかの僻地を歩きまわってきました。そこでいつも思うのは、日本の報道って、どこか変。調べれば調べるほどおかしい。そう考じている折、出たのがこの『アジア近現代史』です。きっと目からウロコの‟あの戦争”になるでしょう。ぜひ一読を!
 なお、コロナといえば、今企業は中国はもちろん韓国から手をひき、南アジアへシフトしだしました。でもぼくも見てきました。その国の民族性はむろん、それぞれの国の‟あの戦争観”を知らないことによるトラブルのいかに多かったことか。当時はエコノミックアニマルと呼ばれたりして。その意味でもこの本を是非。

フェイスブックって何なの?

 スマホを始めて半年になります。すると、事前に耳にしていたとおり、来るはくるは、毎日沢山の「お友達リクエスト」です。でも困った、そのリクエストで分かるのは、名前、住んでいる地域、たまに年齢や学歴などで、相手がどんな方なのかさっぱり不明。添えられている写真は、顔以外は風景、花、ペットや料理が大半。これって何なの。いよいよ分からない。
 で、若い人に訊いてみた。「いいのよ、それで。友だちの数を競うゲームみないなものだから」とか。えっ、えっ、えっ。もしかすると「友だちリクエスト」は承認欲求かゲームみたいなものなのか。う~ん、ついていけない。
 ちなみにぼくの場合、先日『熱源』で直木賞をとった川越さんと似てるかも。彼はたまたま北海道のアイヌ民族館でビウスツキというポーランド人の胸像を見かけ、なんでここにポーランド人がいるんだ、そこで調べてみたらいろいろおもしろく、それをまとめたら『熱源』という小説になったという。そう知らないことを知るのは楽しい。
 ぼくも同じ。3歳のときチンドン屋について行き、知らない街を歩いては迷子になった。それでも好奇心はとまらない。むしろ大人になると❛病気❜が高じ、何でも知りたい病で、何でも調べる病。ちなみにコロナでいえば20冊以上の色んな本を読み、必要があれば色んな関係者、看護士、危機管理室や保健所の人とも会った。調べるほどテレビや新聞の誤報が見えてきて、止まらなくなるのだ。
 もうお分かりでしょう。ぼくがフェイスブックをやる訳を。人は、誰しもその人しか知らない体験があるし、だから知ってもらいたい、共感してほしい生きものだと思う。それゆえ、ぼくは発信している。なのにリアクションが名前とか住んでいる所とか、ぼくはきみの熱源を知りたい。どうすればいいんだ。テーマなんて堅苦しくとも柔らかくとも、社会問題でも下ネタ風でも気にしない。オリジナルなら。話してくれる人はどこにいる?

2020年5月5日火曜日

・お知らせとお詫び

 スマホは超苦手と書いたが、返信しようとすれば98%ほどは送信ミス、または送信不能。ごめんなさい。そこで、取りあえずここで3人にご連絡。

①S・Kさん。ぼくのスマホに赤いスーツにマスク顔が載っていました。顔が分からないけど、もしや8年会っていないSさんかな。ずっと気にしています。良ければ連絡を!

②本居宣長、吉田松陰、三島由紀夫など、ぼくと読書傾向が似た方がいます。ちなみにぼくの兄は三島さんにボディビルを教えた人。父は彼に剣道をやらせた人で、ともにかれの小説のモデルです。良ければ一度ご連絡を!

➂伊勢原の方で夫と死別したHさん、一般質問も2度傍聴したことがありますが、ぼくも妻とは死別です。良ければ連絡を!

わが読書~今月のお奨めは~

①『「スマホ」という病』
  精神科医の浅川雅晴さんの本です。スマホが初心者で超苦手なのでくやし紛れに読んでみたというのが正直だけど、大変ためになった。タイトルはスマホだけど、中身はテクノストレス問題、コロナで学校のITの活用がいよいよ重視されてるけど、そこにどんな危険がひそむかよく分かります。

②『82年生まれ、キム・ジョン』
 韓国のチョ・ナムジュがが書き、韓国で瞬く間に100万冊売れた本。日本人は新聞報道のせいもあり、基本的に韓国嫌い。つい、ふつうの韓国人にも偏見をもつ。が、が、が、この本を読むと考えさせられ、かれらに同情したくもなるでしょう。

コロナに想う(4)

① Q.コロナ感染の多いおり、議員報酬のカットを決めました。そのぶんでマスクを寄付したいが、できますか?
  
   A.この頃、耳にします。中には寄付は公選法に反すると、取りやめたところもあるようです。何かの勘違いでしょう。公選法が禁止しているのは議員個人が、選挙区民や後援会などに寄付する行為です。たとえば全員協議会などで議員報酬をカットすればどうなるか。その分は一般財源としてくり入れられ、コロナ対策費として使われることになります。その使途のふり分けは自治体が行います。その時点で、議員個人も選挙区も存在しません。そうしたことは3・11以来よくある例で、何も問題ありません。議員報酬を住民のために使う―とてもよいことです。

②「差別だ」という差別
 コロナのの拡大でバイトもできず、生活の苦しい大学生も増えています。そのおり蓮舫さんは「学校辞めたら高卒になる。就職はどうなるのか」と国会で発言したという。するとSNSに「高卒をバカにしてんの」の批判が殺到したとか。
 よく分からない話です。高卒は学歴の一つです。ということは、「高卒」又は「学歴」の言葉のどちらかが差別か差別語なのだろうか。これは履歴書にもある言葉です。ぼくも書いたことがあるけど、この欄は何の為と思ったりする。それでその人が分かることはないし。
 それで思い出しました。50年もまえのことです。ソニーの社長だか会長が「学歴無用論」を書き、よく売れました。ぼくは感動し、ここに就職すると決め願書を出しましたが、送り返されます。曰く、「弊社は入社してからは学歴を問いません。文科系の人の募集はありませんので念の為」だとか何だとか。
 ぼくは全員が理系だと需要が把握できないと思い応募したのですが、案の定です。ソニーが新製品の開発に苦しみ、低迷したのはそれからしばらくしてのことでした。
 戻って、想う。言葉に差別などない。差別するのは社会です。社会が差別するから言葉が差別語になるのです。蓮舫さんの「高卒」を差別と叱った人たちは、実は自身が差別しているのです。あるいは社会が差別しているから差別と感じるようになったのです。そしてそれを謝罪した蓮舫さんも同じです。謝ったのは彼女もまた差別していたのです。ぼくなど学歴に関心がないので、そのどこが差別なのか分かりません。
 怖いのは、ただの言葉をレッテル視する社会です。差別語などというものがあり、それを使うと、「あれっ、いま差別した」と騒ぐ世の中です。先日の小池都知事のキャバ嬢発言もそうでした。差別語があると、人は単語を見るだけで、文脈を見なくなります。まして行間を読まなくなります。考えなくなります。白痴になります。「あれっ、いま小池さん、キャバ嬢とか言ったよね」、そして炎上。彼女はキャバクラなどの❝3蜜❞で働く方達のコロナを心配しただけなのに、4年前もそうでした。差別する人たちは、それまでの文脈を忘れて、知事をつき落としたのです。
 もう、ぼくたちは差別騒ぎはよそうよ。差別差別という人が、実は一番差別している人たちだから。

2020年4月24日金曜日

わが読書~今月のお薦めは~

 今月は国が❝引きこもり❞を推しているのでかなり読みました。でも、読みやすさと為になるとはふつう反比例です。で、以下に限定です。
 まず感染症関係では岩田建太郎「感染症パニックを防げ」と、ウィリアム・H・マクニールの「疫病と世界史」(訳・佐々木昭夫)、読めば確実に得るもの多しです。
 つぎは人気の脳科学者の中野信子「空気を読む脳」。分かりやすいけど、為になるかは読者しだいかも。
 そして、最高なのは本屋大賞の凪良ゆう「流浪の月」。不寛容な社会で純に自由に生きる人の困難を描いた小説です。ぼくは高校の時に「星の王子さま」を読み、絶対に大人になっても少年を続けると決意したけど・・・。いま学識を身につけ、不寛容になっている自分を再発見したりして。感動と反省の連続でした。とにかく、学識のある人、地位のある人、そしてアドバイスしてくれる人たちって、親切の押し売りで人を傷つけて生きているのだ、と実感しきりでありました。