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このページは愛川町議会議員玉利まさるのホームページです。
■現在、最新(2015年7月から)の更新はこちらで行っております。
2015年6月までの記事は玉利まさる@愛川町の内視鏡(旧ページ)に残しますので、どちらもよろしくおねがいします。
                   編集子 K



2020年11月4日水曜日

●精神障碍者の実態

これについてブログその他でふれたら、それなりの反響。多くは「実態を知りたい」でありました。国の定義とぼくは違うし、かれらの症状は千差万別なので、どうするか迷います。

 一方、かれらの実態が見えないと、かれらが辛すぎるままになるのも現実です。そこで、ぼくは精神障碍者を「(広い意味で)こころに疾患を抱えていて、日常生活に支障・不便のある者」と定義し、紹介するのは多様の中の一例として、以下、書くことにしました。

 Mさんの例です。中津の路上で出会ったんです。彼女は、私の50メートルほど前を歩いていて、よたよた歩き、突然ばたっと倒れけいれんし、またよたよた歩き、アパートへ帰っていきました。余りの恐ろしさに声もかけられません。二、三日して、私はそのアパートを訪ねました。原因は、やはり身近な人で我慢のし過ぎで、トリガーは心的外傷でありました。体が硬直して、骨折したこともあります。ふだんは、親切なお医者さんのアドバイスで薬にも副作用があるよと言われて、控え目にしていましたが、切れると症状が出てきます。その効果がなくなると、色々起こります。また、私と同じに似た体験をすると、ひどい症状になります。例えば、腹痛は10日以上続きます。胃にはポリープが続発します。バネ指になります。呼吸困難、極端な視力低下、歩行困難、上げればきりがありません。出会ったころは肩などをもみました。鉛が入っているようです。それでも、5時間、4時間、3時間、20分、そんなふうになり肩に触れただけで気が楽になるのか、3年かかりました。でも、症状は威張る人に何か言われると悪い症状に戻ります。実態を目にする人はほとんどいません。薬が効いているときしか出歩かないからです。その点、医者でも同じです。Mさんは隠します。知られてひどい目に遭ったことがあるからです。

 さて、そのMさん、というか、ぼくの支援している8人皆同じですが、周囲は誰も重い症状に気がついていません。実態を見られると、差別される、仕事を失うなどの意味もありますが、かれらは薬(治すのではなく、重い症状を軽減する薬)に依存しています。長年、服用しているので副作用の怖さを知っています。極端に言えば、出かける時だけ服用します。だから、周囲もボランティアも時には医師さえ実態は見えません。

 そこから起きるチグハグは膨大ですが、テーマではないので、一つだけ医療制度の面からふれます。かれらの多くは、生活費を障がい年金に頼っています。その年金の額は障がい度で決めます。そして障がい度を決めるのはふつう主治医である医師です。ところがその医師は日常的にはかれらの実態を目にしていません。結果として、かれらの年金は障がいの目に見える身体障碍者より、あるいは同じ精神障碍であっても障がい度の分かりやすい発達障碍者より低いのです。障がいを認定されない方さえいます。10月4日、神奈川新聞がその辺りの一部を報道したのはご存知のとおりです。

 なお、この機会によく訊かれるのは「精神障碍は治るか」です。これも、じつは国の見解とぼくはズレています。現実的にふれます。仮に障がいからくる症状が消えるのを治ると言えば治る、です。先の8人についていえば、みな10年以上薬を続けています。その点では治らない、です。では、どうすればよいのか。狭い範囲と見聞からの推察です。ある障がい者に身近にケアしてくれる方がいて、薬が徐々に減り、今、薬と切れて8年目だとか、体験上、納得です。なまじ薬が効くため、医師の薬頼みが認知行動療法その他を遅らせている意味もあるでしょう。いずれにしろ、ぼくが精神障碍の見える化を訴える理由です。

 

●愛川町のコロナ感染

この頃ホップ、ステップ、ジャンプで急増しています。しかし、大声で言うと感染のほとんどが町外での会食その他でのおみやげ感染です。えっ、人口比ではですか?小さな声になりますがかなりです。過大・過少に恐れないのがコロナ対策の鉄則です。町にはそこへの配慮の対策を祈っているところです。

 なお、対策と言えば囲碁・将棋は対面ゲームですが、その安全性にふれました。そのおかげ(?)か、公民館でも再開されました。嬉しいが、一方、老人ホームなどです。まだクラスターの懸念から体操時間の中止が少なくありません。そこで体力の低下がかえって危険を招いています。ぼくは体操教室の再開も祈ります。

●ブログミス

ぼくは自分の活動報告紙『これでいいですか愛川町』の一般質問のコーナーで質問者全員のテーマを紹介しています。いわば定番です。それを、あろうことか、お二方の紹介もれです。まずは記しお詫び致します。「記載もれ」ですので、読者は気がつかなかったかもしれませんが・・・、以下、脱落箇所。

・阿部隆之議員  関係人口の総出、大学や教育機関と連携

・小島総一郎議員  町総合計画、町道弊山下平線整備事業

なお、議員の活動報告の一般質問には、自分のだけ紹介、抄録、全議員の紹介などがありますが、全員紹介なら報告もれは防げます。その意味で、今後の扱いについては検討課題です。

 

 

2020年10月28日水曜日

●歯痒かったこの一年(活動報告書 Oct17 '20 1ページ目より)

●歯痒かったこの一年

 9月の決算議会が終った。前年度の事業の審査となるが、ぼくは去年はいないので分りにくい。いきおい「あゝ、昨年町会議員に復活だったっけ」となる。この一年が走馬灯みたいに頭を駆けめぐるのでした。
 まず選挙が楽でなかったこと、町民わけても弱者のために働くと誓ったこと、そのために会派に入ったこと、が、会派は多様です。町民より職員優先の町議もいたりして行動が空回りしたこと、自分にウソをついたら終りだ。正直に言う。成果は当初の半分それどころか10分の1以下の気がする。歯痒い。
 思えば行政は規制と前例で成りたつが、議会も同じ。そしてその規制・前例と言えば、菅さんが首相になり、いまその改革を訴えている。訴えるのに35年かかるのだ。たかが一年でグチってどうする。そう自分を叱る日々でありました。

●大きなチョンボと小さな喜び

 さて9月議会です。3月はコロナ騒ぎでしたが、馴れはすごい。コロナはもっと蔓延しているのに議会は通常。一般質問は13人だったし、総括質問どころか常任委員会などもいつになく熱心でした。町の答弁を訊くだけ質問が消えた気がします。あゝ、だのに、一般質問では、ぼくだけ一人で力んで一人でこけた感じですが、詳しくは次頁。
 質疑です。質疑とは町の事業の点検だ、の姿勢で多くの町議が取り組みました。渡辺代表の総括質疑など、陳情みたいに町への注文でいっぱい。しかも、議会最終日の常任委員会の調査などは、議会報告だけでなく、町長室へも提出される。かつてない熱の入れよう。
 一方、肝心の議会改革。進んではいるけど先送り事項も少なくありません。なぜでしょ。詳しくは次頁以下を読んでネ。

お知らせ

 10月10日おもに川北区の住民が集い、「半原地区の環境を守る会」を正式にたちあげました。例の韮尾根の巨大な盛土の造成を心配するもので、政治的に中立の団体です。
詳しくは 小島條太郎( 半原5695、TEL090-3228-2886 )ご協力を!

●一般質問 (活動報告書 Oct17 ’20 2ページ目より)

●一般質問  ~ コロナ禍こえて正常に ~

 コロナで3・6月は低調でしたが、その反動みたいに、13名が頑張りました。
 ---  以下項目  ---
 【 茅 】  半原ワサビ、和紙継承    【岸上】コロナウイルス防止策
 【渡辺】  教育行政(給食・エアコンなど)、危機管理体制
 【小林】  少人数学級とICT教育、非正規職員の待遇
 【井出】  コロナ禍の避難所、町の交通施策    【鈴木】コロナ防止策
 【玉利】  共に生きる社会、中学の数学
 【 佐藤 ( り ) 】  「 新しい生活様式」コロナ禍の学校対策
 【 佐藤( し) 】  コロナ禍の観光    【木下】愛川聖苑の今後
 【熊坂】  コロナ禍の社会福祉、愛川ブランド
 --- 以上(発言順・敬称略)

●ぼくの質問  ~ チョンボの胸のうち ~

 一般質問は2項目で、一つが「共に生きる」でありました。じつは15年以上とても重い精神障がい者の支援をしていて痛感するのは「誰も実態を知らないなあ」です。そこへコロナ禍です。知る人の全員が非正規労働者ですから無収入になりました。共に生きるどころでなく何とかしたい。そこでテーマにしました。けれど、行政は県の制度の手続き窓口で実態は見えにくい。ぼくの提案などたんに行政批判と響くでしょう。3ヶ月調査して質問書を書いたけど、やはり理解されない。結局、話が合わないまゝ質問に臨みました。質問では訴えていく中で、障がい者を思うと込みあげるものがあり、あとはグシャグシャ。
 なんという皮肉でしょう。10月4日、神奈川新聞は、外見では分らない障害者に対し医師は恣意的に障害の程度を低く判定し、年金などの支援を怠っている事実を報道しました。問題は多いが、これもぼくが議場で訴えたかった一つです。あゝ、なのに、なのに。
 ちなみに障がい者は、ふだんは薬で症状を抑えて暮らしてますが、かれらは副作用の怖さも知って生活します。薬がきれるとどれほど苦しいか。じつはボランティアも医師も見てません。それでは障がい者対策はありません。ぼくが訴えたのは障がい者の見える化策でした。それが、共に生きる社会への一歩と考えたからです。さて、ぼくは行政も説得しきれないで、何をどこまでやれたのだろうか。

●総括質疑 (活動報告書 Oct17 '20 3ページ目より)

●総括質疑  ~ 色々と誤解あるけど ~

 質疑は、分かりやすくするため、雑にいうと町の事業を評価することです。皆さんは傍聴しないけど、テーマは誰でもが知ることで、聴けば町議の質が見えるかも。中には答弁だけ聴いて、「はい、分りました」で済ますのも見えたりして。
 さて、その質疑、大きく4つほどあります。議場でするのが個人と代表の総括質疑。委員会室でやるのが付託議案の審査と事務調査箇所の事業評価です。そして、ここにも誤解があります。議場の質疑は重く、委員会の質疑は軽い、です。ぼくなど今回も委員会室で徹底的に云々して発言を止められそうな場面も。
 が、代表や熊坂町議は、質疑は中身や回数も自由なのを承知していて事なきでした。それどころか、今回、その委員会質疑が町長室へ提出されました。また教民では委員長も副委員長も質疑です。慣例打破でありました。

●議会改革  ~ ほんとにやれるの? ~

 今回の検討委員会のテーマは3つです。1つ目は例によりタブレット端末の導入、順調に他市の実態の研修まで進んでます。但し、葉山や寒川に断られて厚木で受けることに。
しかし研修の拒否は珍しい。理由が気になる。
 つぎが議員の定数・報酬・手当てなどの見直し。結論、どれも「現状維持」とか、理由は、町民に理解されない、その時期でない、議会改革の後の話でしょ、定数は議会の質の低下、タブレットの導入に金がかかるから、などなど。えっ、定数削減も改革ではないの。
 ぼく的には町議は町民感覚とズレてる。理解されないのは評価されてないのだし、時期は将来のため今だし、削減は、タブレット費をうかすし、質を高めるし…。
 つい「やる気なしなの」「御身大切か」と問いたかったが、グチでお茶をにごしたのです。多勢に無勢でしたから、和も大切だし。そんな具合ですから、3つ目のテーマは次回へ送りとなりました。民主々義もやっかいだけど、議員が議員を改革することは、さらにやっかいと言うことでしょうか。

●ミニ・ノート(活動報告書 Oct17 ’20 4ページ目より)

●わが会派は寄せ合い、考えはマチマチ、だから信念の貫徹と妥協の間をウロウロ。どうにも世渡り下手です。1面の前半の心境でした。だから価値があるのか、いや、ないのかも。

●2面の大チョンボは町を説得できなかったほかに、そのせいで2項目がヘロヘロの意味もあります。けど障がい者の重い症状は伝えた。ブログにもその部分は載せます。それで紹介した方への理解が深まるのが願いです。

●思えば、ぼくが一般質問に選ぶのは国や県の制度もれで行政が回らないものばかり。それを取りあげると、町は自分への批判と思いちがいするけんど。でなくて、一緒に国や県に訂正を訴えよう、とならなく、つらいです。

●ついでですが、今年から下水道の会計は民間式の会計になりました。その狙いは、下水道会計の実態は赤字で、やがて破綻すると知ってほしい、です。自治体は赤字を隠すけど必要なし、国のホンネは隠さなければ助成できるのに、とか。三浦市はツケで大巾値上げか。

●序のついで。町が国や県から受ける事業も決算期で、こちらは審議会審査です。ぼくはほぼ発言なし。たとえば県の助成を受けていれば、県はきびしくチェックするからです。但し、助成額が一律の事業は猛烈チェックです。

●戻って3面の総括質疑ですが、先ほど質疑が真剣になってきた様子にふれました。ぼくは10ン年、「たんに答弁を訊くだけ質疑はダメ」と叫び続けです。真剣さはぼくの影響かなと密かに自慢です。いや、勘ちがいかも。

●にしても思う。総括質疑は一般質問より大切という町議もいるがこれは言いすぎでしょう。質疑=チエック、質問=提案とすれば2つは車の車輪。どっちが大切かの話でありません。

●ところでコロナ禍中で、ぼくたちの政治活動も自粛です。アンケートに名を借りた個別訪問も不可です。そこで会派でしたのが、“ よろず相談所”開設。密を避けるべく、1人30分の町政相談です。大好評で10/22、11/19日もタウンカフェで。詳しくは渡辺へ!

●水源地の観光拠点化の刺激か、八菅河川敷周辺の行政区が集い、観行地化( ? ) にアイデア。町にも計画書提出とか。こちらはまぎれなく民間リード型と言えます。成功祈ります。町民意見の場もない水源地はどうなるの?

2020年10月21日水曜日

久々の更新で、この頃思う事です。

・新首相  

9月議会と同時スタートでした。首相本『したたか』くらいは一読でしたが、判保留。ぼくは検証趣味ですから様子見。ヴェトナム訪問や訪韓拒否などはとりあえず評価。でも真価は正念場を見ないとネ。

・大統領選

「どちらが勝つか」の報道ばっかし。フン、アホらし。日本人の大半は、トランプは知るけどバイデンなぞ知らない。しかし選挙結果の日本への影響は大きい。メディアよ、政策の違いの詳しい報道を!

・学術会議

 これまたアホらしい。日本人の多くは日本学術会議の実態を知らない。ぼくが知っていたのも学術会議が中国へ機密情報を流してた噂くらい。騒がれたから調べる――メディアのジャーナリズムの欠落か。

・審議会

 それで思い出す。学術会議問題の発端は審議に係る会員の認定問題だったが、メディアよ、知っているか。そうした審議会は市町村にも5万とあります。こちらは審議能力のない人も認定される問題です。

・当て職問題

 重大なのでふれますが、ふつう市町村の審議員は関係団体の方に‟当て”られる。が、かれらは専門家ではなく意見がない。だから行政の説明の説明を訊くのに終始。行政の思惑通り、よくある話です。

・精神障碍者

先日、神奈川新聞に「精神障碍者は年金の受給が減ります」との報道。理由に制度の歪みとありました。県の審査委員が歪みに気がついていない、と言うべきか。障碍者の実態も知らないのです。ついでです。市町村はさらに悲惨か。ほんとは障碍者に一番身近か、現場から実情を伝える立場ですが、現状は医師の障碍制度の判定を県に伝えるだけが仕事に近い。実はこちらも医者任せが多いのです。

・9月議会 

かくてぼくは審議会などにさほど期待しません。それより実態。精神障碍者15年のぼくとしては、9月議会の中心をかれらの実態を報告しました。ボランティア関係者も医師さえ薬が切れた時の症状の悲惨を見ていないからです。

・コロナ支給①

悲惨と言えば、ぼくの支援する8人の方は全員が非正規労働で、コロナ失職。受けた支給は10万円と商品券3千円のみ。税金を払ってないので、他の支給の対象外。母子家庭など同じですけど。

・コロナ支給②

そのコロナ支給です。多くは一律。町で先日、金持ちの子さえ3千円ゲット。例の10万円も金持ちの子も。ムダすぎ。より悲惨な人へになってない。喚いてるけど、気がひけ商品券は辞退しました。

・杉田発言

「女はウソつき」で騒がれました。差別だからです。けど、どれほど悪いの?ぼくにも色んな差別心はあります。甚だ悪いと自覚し、口にしないだけ。杉田さん正直、批難した人はウソつきかも。そして自分にウソつくところから正義が生まれ、市民警察や自粛警察が生まれる。怖いのはそちらのほうかもしれません。あれ、これも正義感の変形。人間って厄介ネ。

・これでいいですか

最後に議会活動報告紙「これでいいですか愛川町」9月議会号を出しました。追って載せます。お知らせまで。

 

 

2020年8月22日土曜日

つぶやき

①李登輝さん逝く ~巨星だったのに~

 李さん、一般的には民主主義の父と呼ばれ、健全な経済発展で国民に夢を与えた人と言えようか。だが、ぼくには違う。日本人以上に日本を知る方で、かれの生き方は、たとえば目先の経済優先で中国に近づき、果ては今日の中国の横暴を許した日本への警鐘です。また戦後、日本が戦勝国に四島に分割されるのを防いだ恩人の一人です。が、あぁ、メディアの扱いは小さい。

②NHK大減収 ~紅白よどこへ~

 NHKの紅白の見直しとか。結論、良いことです。年寄が見ると、若い人の出演ばかりで面白くない。その反対もまた然り。たんに金喰い虫だ。オリンピックも消えそうだし、この際、1964年あたりの再放から流し当時の方でまだ健在な方を招いたら。費用は10の1、否、何十分の1で済むよ。

③国民民主 ~分党だとか。いいね。~

 国民と立民の話し合い決裂。それで国民の何人か、もっと多くが立民へだとか。理由は「より大きなかなたまりへ行きたい」。 ン? 何回も聞いた話です。でも大きなかたまりって寄り合い所帯、主義主張がバラバラ。民主ができたときも、希望ができたときもそうでした。結局、すぐパーかも。出ていく人は何回失敗すれば気がつくのか。この際、国民民主は小なりといえど、頑張ればいい。そもそも50億円も余裕があるし。そして、原点「国民民主」を見つめよう。その国民の声のアンケートを読み返そう。その結果は言っている、国土・日本の伝統文化はしっかり守ってネ。利権体質、大企業優先はダメ、政治とは福祉、まず暮らしを守ることです。むろん何でも反対の、代案なしの、ブーメラン党の立民はさらにペケ。そう、それを教えてくれたのが、先の李登輝さん。そしてかれは成功、国民民主、初めは小なりと言え、隠れ支持者は膨大です。ぶれず、迷わず、一歩ずつ、胸をはって頑張ってネ。自民と競い合ってネ。

④ふるさと納税 ~今がチャンス?~

 愛川のふるさと納税、昨年で見ると収入は県下の底辺のレベルです。清川村より少ないし、ざっぱに多いところの10分の1、100分の1かも。そこへもってきて今年はコロナ禍で町は大出費です。そこで思うのがふるさと納税、そもそもその趣旨は、ふるさとを思う人の寄付行為です。過剰な返礼品を餌に金お集める行為ではありません。その意味でコロナ禍はふるさとを思う人に訴えるチャンスです。あぁ、なぜ訴えないのかなぁ。(えっ、町を思う方がいなかったりするだろって、まさか、わが町は愛甲郡愛川町、愛愛が二つある町。町民への愛と町民からの愛のあるふるさと納税のラブラブ作戦あったらなぁ)

⑤マスクで分かる ~人柄がネ~

 マスクは息苦しく苦手です。自分の車の中では着けません。車を降りるときつい‟忘れる”と、言われる。「染るだろ、こら」。ぶすっと「マ・ス・ク」。自分の口元を指し「忘れているよ」。「ごめん、マスク着けてネ」。ニコニコと「マスクお願い」。「あらないの、あげるわよ」。「私もつい忘れるの、これ」。「もしかしてマスク・アレルギー?」。とにかく、まぁ、人の反応は千差万別。攻撃的から相手への思いやりまで、その一言で印象をよくしたり、悪くしたり。言葉や仕草ってもしや人柄、それとも魂か。魂は鬼が言うと書くけれど、言葉とか仕草とかは、心に住んでいる何かがさせるものなのでしょうか。だとすると怖い、このごろ。つい余裕を失って、こころの鬼が活動しないよう、気をつけている次第です。

 

9月議会は ~共生社会と数学~

①共生社会 やまゆり園の問題以来「共に生きる社会」が叫ばれています。しかし、かつて精神科の世話になった者として、その経験からその方面のボランティアを続けている者として、行政へ解決へのヒントを提示していきます。

 ②「数学」 3月に総論的に「学校の授業」の課題を扱う予定でしたが、例のコロナ禍で取り止め。そこで今回はいきなり各論で、その一回目に数学を扱います。中学校の数学はほぼビリケツ、学習塾で30年以上授業をしてきた者として、授業の改善を迫ります。

残土埋立て② ~えっ、また三増?~

 三増区峰の話で、埋立てといっても低い農地への盛土とか。問題は、その残土が農業に不向きらしいこと。民間対民間のトラブルとも言えます。少し調べると農地に適した残土の盛土も少なくない。ということは情報の問題とも言えそう。ぜひ情報をお持ちの方の一報を!

 

残土埋立て① ~その後は~

 6月議会で、愛川に被害が及ぶかもの津久井農場の巨大埋立てを取り上げたのはご存知のとおりです。が、中には「なぜ愛川の事業ではないのに」のご批判も。ところが7月の半原公民館での講演会では、直前まで大雨でしたが、スタッフをいれ80人弱の方がみえました。この手の勉強会としては大成功、ほっとしました。

2020年8月21日金曜日

コロナに想う ~迷走する理由は~

 感染者は減りません。というより増えています。対策が後手だからです。なぜ後手なのか、対策が迷走するのか。そのプロセスをふり返ると、原因が見えてきます。ぼくは1月下旬からブログその他で発信していますが、ほぼ時系列でふり返ります。 

・客船隔離 ぼくは船に客を閉じ込めたとき、「ウイルスの培養だ」と発信していますが、国が気がつくのは感染者がかなり増えてからのずっと後、メディアも増加は伝えましたが、隔離の必要は伝えません。

・3密騒ぎ 国よりメディアが騒いだが、たとえばソーシャルディスタンスについてバラバラで50㎝から3mまで大声でよく喋るアメリカ人と日本人は違うのに。その頃、ぼくの訴える電車の吊り革、エスカレータ―の手摺り、コンビニの入口のノブなどメディアは気にしてません。国の基準や指定はずっと後で、未だに杜撰です。

 ・マスク不足 ぼくは、マスク不足が始まると調査しました。なんと町内のマスクは大方が中国製で、粗悪品もかなりです。メディアも不足を騒いでいましたが、製品の質は報道しません。国の対応は、不足がなくなってからです。

・感染者数報道 ぼくは毎日、新聞の数字を見ていて、その不自然な動きを知りました。そこで、保健所を調査しました。なんと保健所は報告にあがってくるものだけをカウントするところもあります。しかも(今も)加算方式ですから、その中にすでに感染者でない方も含みます。これでは実態が見えません。それを訴えたことがあります。黒岩県政は反応し、報告の仕方を改善しましたが、完全ではありません。ぼくたちは実態でない数字に振り回されています。メディアはただ不安だけを煽っているのです。国はおろおろ。。

・給付金騒動 コロナで収入の減る人、なくなる人の続出です。ぼくも「困っている人に給付を」と叫び続けてきました。でも、それは‟困った方”に届いたか、例えば、三人の子供を抱えるお母さんに、テントに住む方に、フリーターやネットカフェで暮らす方に。一律の10万円を手にした方はいるかもだ。無税者や住所のない方には何もありません。でも、その結果が、例えば風俗で働く方のクラスター騒ぎです。子供を抱えて働くなと言われても無理です。キャバクラ問題は給付金問題です。誰も気づいてくれないけど。

・薬品問題 コロナが始まるとワクチンが話題になりました。しかしワクチンはないので、アビガン他10いくつかの代用薬の名が挙がっては消えていきました。名が出るのはそれなりに効果がある訳だけど、やがて効果が疑われ、やがて副作用も話題になり、消えていきました。ぼくはその過程で、「まずは効能の検証を」と訴えたこともあります。そのとき「効果があると言ったり、ないと言ったり」どっちなのと思い、調べ、気がつきました。例えばある薬はフランス人に効くけどアメリカ人に無効。その逆もあります。その意味は、アメリカ人とフランス人の体質の違いか、それとも米仏でかかるコロナそのものが違うのか。コロナに色んな種類があるのが分かったのはだいぶ経ってからですが、国もあまりそれを認識していません。

(大切なので余談です。フィリピンは中国のワクチン開発を期待し、領土問題に目をつぶっています。開発したのが武漢型用のワクチンだったらどうするのでしょうか。日本は日本人向きの開発を願います。)

・公民館問題 この頃、公民館の規制がゆるんでいますが、その基準が不明です。たとえば、ある公民館では、詩吟の活動はできますが囲碁・将棋はできません。理由は「詩吟は対面じゃないけど、囲碁・将棋は違う」からとのこと。待ってください。感染原因の第一は人の声です。だから詩吟は知りませんが、カラオケで染った人はいます。まして詩吟は腹から大きな声を出します。一方、囲碁・将棋です。またの名を手談とも言います。文字のとおり手で語るゲームだからです。声を出さないゲームだからです。そのせいか碁席で感染した人をぼくは知りません。言いたいのは、いまだ肝心のなぜ染るかが整理されていないということです。

キリがないので止すけど、もう誰もが気がつくと思う。結局、肝心のコロナの正体はほぼ未解明のままで特効薬はつくれない。コロナの染り方さえ正確に見えていない。頼りは数字だけだが、その数字が怪しい。ぼくには統計を見るとき、客観的に直すクセ(例えば、人口比に換算するとか、治った人を除外するその他のクセ)があるが、行政やメディアにその習慣がない。コロナの正体不明の中で、数字それも根拠不明の感染者数の増加ばかり強調すれば、政府の対応がずさんになり、国民がパニック(ぼくはそれを判断力の無力化と訳す)になるでしょう。

そして、その‟パニック症”の証拠がPCRの増強やGOTOトラベルなどの政策だろうか。

 ・愚策PCR まず誤診がある。陽性を陰性と判断すればウイルスをバラまく。陰性を陽性と判断する場合も困る。検査で分かった人はもともと元気、つまり抗体ができていた場合が多い。しかし、ぼくの心配はそこにない。PCR検査するほどに感染者を増やす、つまり流行の実態が見えなくなるだけでなく、‟パニック”をさらに加速する。ただでさえ医師不足の現場を崩壊しかねない。そこで一番いけないのは何か?当たり前だが、抗体はウイルスの刺激でできる。コロナでなくとも(擬似)抗体はできる。コロナの抗体ができる。ただし、抗体は時間と共にウイルスが弱くなるのにつれ、弱まる。その人は再感染するかもしれないが、心配ない。その抗体はいよいよ本物になる(それをブースター効果という)。コロナが一時かなり減ったのはそのためだ。日本人が集団抗体状態になったのでしょう。ぼくは、その意味で、コロナ対策では一定の放置も必要だと思う。だから欧米ではPCR検査を徹底していない。まして弱毒性のコロナの日本に徹底の必要はない。それは集団抗体をつくる機会を奪う。冷静に見よう。人口比でみると日本人の感染者は少ない。死亡率も人口比で見よう。これらは極端に少ない。日本においては癌や肺炎や糖尿病や血管の病気のほうが怖い。PCR検査の徹底だなんて、パニックになるだけ。

・愚策GOTO コロナで観光不振だからGOTOトラベルとか。まったく理解できない。ステイホームがコロナの予防策ならGOTOがコロナ振興策なのは子どもでも分かる。だから地方の観光業者も「来ないで」と言っている。国は何を血迷っているのか。パニクっている。これはコロナ対策と裏腹です。コロナではなく、観光収入が心配なら、純粋に経済支援ですむ話。GOTOなんて言うな。国もここまでパニックか。もう書くのもアホらしい。

結局、国がアホでそれをたれ流すメディアもアホ。いや、メディアがアホなのか。にしても、つい過日の読売新聞の報道した7大コロナ対策はひどすぎだ。裏付けを取らないで記事を書き、自分で自分の記事でパニックになっている、この頃のメディアの体質のシンボルかもしれない。最後に、その7大対策を掲げます。考えるヒント(資料)をあれこれ書いてきたので、どこがおかしいか自分で見つけてください。コロナ対策が書いていないのを。

 ①感染症対策不在から脱せよ、PCR検査を1日10万件に

 ②コロナ不況脱却に全力を、資本注入にためらわず大胆に

 ③首相直属の本部を設けよ、感染防止と経済再生の両立を

 ④国は地方任せにするな、国による手厚い財政支援

 ⑤休校でも学習機会の確保を、オンライン環境の普及を急げ

 ⑥国際協調の機運を取り戻せ、WHOの改革日本が主導を

 ⑦コロナ差別を許さない風潮を、啓発運動や救済制度の充実を

 チクショー、①から④は経済の話だし、⑤から⑦は、コロナ禍でなくとも必要な話だ。ちなみにWHOについては、例の中国忖度が頭にあるのだろうが、そこの医師たちのパトロンが製薬会社の意向で働くのが最大のネックです。そして⑦のコロナ差別は、共生社会の問題だが、啓発するのは、読売さん、まずあなたの仕事でしょう。

 七大対策はさておき、ぼくたちは、すでに第2波に入っていることを自覚し、日本型コロナは強悪でないのも自覚し、ステイホームとマスクや手洗いで乗りきれるのも自覚し、粛々といきましょう。それで乗り切れると思います。図に乗ったり、パニックったりしなければ、以上がぼくの思いです。

 

 

 

 

   

2020年8月19日水曜日

さまよう8月 ~九条問題よりも~

 以前にも発信していますが、終戦記念日が過ぎたので改めて、です。  8月になると毎年きっと思い出す学生時代の友だちが二人います。まずA君。広島生まれで、原爆で父を亡くしています。母から戦争の悲惨を聴いて育っています。だから、彼は絶対平和主義者です。むろん、彼は「九条を守ろう」派です。彼の訴えの気持ちはよく分かります。次にB君。父を戦地で失っていますが、彼のおじさん、終戦をインドネシアでむかえ、その後は残留し、インドネシアの独立のため戦っていました。だから彼はあの戦争をアジア独立解放戦争と位置づけています。A君があの戦争を侵略戦争と呼ぶのが許せません。父の死が犯罪になり、名誉が傷つきます。この気持ちも分かります。  しかし、そんな二人にも共通点があります。戦争というのは、勝っても負けても、被害者かつ加害者になります。だから二人は、むろんぼくも戦争が嫌いです。だから戦後、すぐに国連ができたとき、ぼくらはどれほど期待したでしょう。ご存知、国連は二度と戦争をおこさないための機関です。ぼくらはそう教えられていました。  だが、その期待はすぐ裏切られました。朝鮮戦争がありました。当時は、期待が大きかっただけに、国連は何をしているのか?とメディアに騒がれたりしました。が、どうでしょう。それから50年、60年、ずっと国際紛争は続いています。でもメディアは騒ぎません。終戦記念日になっても、国連の無力など誰も気にしません。国連が機能していれば、九条なぞあってもなくても済むものを。中国の侵略も、アメリカの核の保護も要らないのを。新冷戦などないものを!  終戦記念日のある8月、それはぼくがひとり国連を考える月です。二度と戦争をおこさない国連憲章を読み返す月です。そして「二度と戦争をおこさない」と言えば、国際連合の目的も同じだが、失敗したなぁと思い出し、やがてはなぜ失敗したんだ、と思い、またやがて、そういえばどちらも戦勝国が自分だちの都合でつくった機関だったからなぁ。毎年、ぼくは無力感に陥るのでありました。