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このページは愛川町議会議員玉利まさるのホームページです。
■現在、最新(2015年7月から)の更新はこちらで行っております。
2015年6月までの記事は玉利まさる@愛川町の内視鏡(旧ページ)に残しますので、どちらもよろしくおねがいします。
                   編集子 K



2023年5月24日水曜日

●みらいあいこさんを知っていますか?

みらいあいこさん、ぼくと同じで、愛川町に住みます。町内では声の大きな歌のおばさん、詩を作る人、そして障がいのある娘をかかえるお母さんで知られています。
ぼくの認識もその程度でありました。しかし、最近、かの女の詩を静かに読み、3回も娘さんのアート作品をひとりで鑑賞する機会がありました。それで確信したのです。その作品は、ネコ、ヤモリ、カエル、時には、ぼくも子どもの頃に見た七色の星と不思議なものの浮かぶ夢の世界です。眺めていると楽しくなり、やさしい気持に浸り、癒され、元気をもらえます。子どもにかえる、なぜ。そう言えば、文学的には胎内は天国で、そこで生命をもらうぼくらは天使です。十月十日ほど人間になれる準備をし、オギャーと生まれ人になります。というかコミュニケーション(言葉)を蓄え、ぼくたちは人になる。そうです、かの女の作品にその種のコミュニケーションがありません。描かれているのは天国です。あらゆる生きものが、仲良く、伸び伸び共生している世界です。だから伝わります。音楽はそれ自体が共鳴みたいに。作品自体がコミュニケーションなのでした。
そう言えば、ねむの木学園の人、天使のまま大人になった方の作品もそうでした。大人で少年だった岡本太郎さんも同じです。そしてかのピカソがアフリカで画風を変えたのもそれでした。生きものと共生していないと描けない世界にピカソは打たれたのでしょう。コミュニケーション不足の子を自閉症と呼んだのは科学者の不遜かもしれません。ぼくは、はじめに「確信した」と書きました。あい子さんは、わが子は天使なんだ、と確信しました。そして、ぼくは、娘さんに励まされてもいると確信しました。あなたも、部屋に一枚どうですか。きっと明日へ翔たく夢をもらえるでしょう。

<なお、あい子さんの歌と作品展示のイベントは6/18日曜10時~17時、場所:カフェ 風のほとりで  相模原市長竹、長竹カントリーの隣です>


●農協危機の真相は

 近く、わが愛川町の農協さんが数店舗閉まります。その折り、週刊現代(5/20号)は農協の「自爆営業」の深すぎる闇を特集しました。読むと、なーんだ、それは1年前、ぼくがブログで紹介した『農協の闇』とほぼ内容が同じです。が、にしても、今も農協問題を知らない方が多い。しかも町内には、その前にはノルマのための不正融資事件があります。正義感の強い知人はそれを追求しました。しかしぼくと仲間は「証拠不十分の中での個人攻撃の怖さ」も知っています。そこで注意したけど、かれは聞きません。その結果、訴えられた役員は辞め、組織は改善されます。一方、かれも返り血を浴びます。名誉棄損で取り調べを受け、ストレスから命を落とします。ついでにKの死はぼくと知人のせい、という誤解の噂も立ちました。この機会にその闇も伝えた次第です。Kさん、あなたは巨大な一石を投じたのです。

●ヘイトスピーチを騒ぐより

 あなたはヘイトスピーチ、たとえば「在日朝鮮人は出ていけ」の演説を聞いたことがありますか?けっこうひどい中身です。でも心の中で、半分くらいは「納得する部分もある」と思っていませんか?そう、韓国の日本批判はそれに勝るとも劣らない。朝鮮のミサイルなど論外もいいとこです。その延長で、ぼくたちは「在日はけしからん」と思います。では、実際の在日はどうでしょう。じつはよく知りません。むかし近所の大人に乱暴されたと聞いた記憶くらいしか覚えていない。その折り、ほんとにすごい本が出ました。題して『それでも韓国に住みますか』在日3世で、日韓のかけ橋になるべくソウル在住13年の豊璋さんが出しました。読むと、在日の実態はもちろん、ふつう韓国人が日本をどう思っているかが具に分かります。ベタに内容にはふれませんんが、ヘイトする人の浅はかが見え、目からウロコです。ぜひとも一読を。


●「当事者」って誰ですか。

 ぼくは「LGBT」の方を「LGBT当事者」と書きます。そう言えば黒岩知事も障碍者を「障碍の当事者」と言います。こうして並べると気がつきます。かれらはともに少数者で、改めて考えると、じつは世間によく理解されていなかった方です。その表現法は「福祉は当事者の立場に立ったことに始まる」と訴えた本がベストセラーになってからです。ぼくは重要な本なので、人に奨めたことがあります。それほど普通の人が相手の立場に立つのは難しい。だからLGBT法案作成は至難です。当事者目線を訴える黒岩さんもまだ障碍者を理解していないと思う。しかし当事者はじつは少数者ではない。LGBT、障碍者、生活困窮者、黒人、被介護者、低学力者などなど合算すると世の3人に一人がその当事者なのです。でも、ある自治体の職員はぼくに言います、補聴器をつけろとか音量をあげろとか。補聴の機能のイロハも知りません。幸い、ありがたくも、ぼくはそうしたハンディのデパートです。自治体に一日難聴体験日、視覚障害の体験日、車椅子体験の日など作るのが、ぼくの役割かもしれません。共に生きる社会は、その努力の果てに実現するでしょう。



2023年5月22日月曜日

●日本人にとり、法や規則は何でしょう?

 この機会に考えたい。たとえば道交法に「赤信号は停止」があります。あなたは、真夜中、車一台もない道路の赤信号で停止しますか?実はその停止率の高さ、日本はでトップレベルと聞く。止まらないのが普通。では、そうしたズレがどうしてあるのだろう。理由は沢山あるけど、ぼくは道徳の教科書が時になる。読んでない方が多いので一つ紹介します。ある動物園の園長は、閉園直後に見えた子どもが可哀そうに思い、動物園に入れてしまう。すると、バレて、かれは罰を受ける。教科書はその類いばかりですが、ふつう学校や園長は許せないと教えます。道徳とは法令遵守と指導しています。理由は明解です。行政の仕事はすべて法令に従う。例外は認めると成り立ちません。たとえばそれで事故が起きても罪に問われません。法令主義とは法が人を支配することです。その結果、一時停止が多いのか?世界の多くの国は、法は人のためのものです。法の不適切は常に見直すので、それが政治家の仕事です。日本では事件が起きて改正です。ところが、地方議員の過半が規則、前例、慣習が好きで、政治がない。ふれた理由です。


●入管法、ぼくは賛否保留です

 法の混乱といえば入管法(出入国管理及び難民認定法)も揺れている。でも賛否保留です。まず法改正反対の理由です。雑把に言うと「難民のスリランカ人が収容施設で亡くなったが、難民条約(ノン・ルフールマン原則)などに違反する」です。事実と違う。亡くなった方は、難民申請中は国外退去されないことを利用した不法滞在者です。難民条約の対象ではありません。死亡に手落ちはありました。その点、法改正には賛成。何しろ、不法滞在者約8万人、送還拒否者4000人、重刑を受けての居座りも膨大。日本は世界有数の外国人犯罪者天国なのです。でも両手で賛成ではない。コロナは海外から移入されたのは想像がつくでしょう。日本の水際作戦はザルです。それを変えないと無法者は減りません。かれらは町内にもいて、コロナも流行らせたので書きました。



2023年5月19日金曜日

●LGBT理解推進法案、今すぐ要るの?

 そこでLGBTに話を戻すけど、「日本は遅れているからG7までに法制化を」とは何だろう。もともとキリスト教やその姉妹のユダヤ教やイスラムの世界には男女しかいません。性的少数派(LGBT)は異端で、時に悪魔の存在でありました。かれらは、人権が意識されてからLGBTと気がつかれ、まだ数10年です。日本人は違う。2000年も前から性に大らかです。混浴さえ普通です。普通すぎて少数者もあまり意識せず、差別しません。その点、遅れているどころか、最先進国とも言えます。問題は、そのごく普通を改めて意識することです。そうなると男のぼくは女も理解できなくなります。まして性的少数者をや、です。そうした意味で法制化への慎重派は分かります。自分の要の人権を改めて考えて戸惑う男に、LGBTの権利の法制化は難しい。しかし人権が騒がれてる中、放置も事件を生むでしょう。そこでぼくは町の議会で訴えました。曰く、性的少数者でないぼくから見て、法制化に時間がかかると思います。しかしその間のトラブルも予測できます。町は、まず当事者の話を設けてください。と同時に、応急的には自称女性(自認女性)が女子トイレや女性用風呂に入らないようにしてください。反応は鈍かった。だが、その中身はいま国会の焦点になっています。理解法を理解すべきは議員自身だろう。

●コロナは5類になったけれども・・・。

 コロナは5類に移行した。気をつけていれば「マスクは要らない」です。なのに、5回もワクチン接種している人さえマスクを外さない。理由は「不安」とか「クセ」だとか。重症化の減少など頭にないようです。一方、一部に「今日から人の混雑したところで飲みまくるゾ」の豪傑もいました。「今日から」ではなく、かれらはコロナ禍でもそうだったりして。「自己責任」からでなく、元から責任感はなかったのでしょう。問題はどうしてそうなるか、です。前者には自己判断がなく、後者には判断そのものがないのかもしれません。かくして、コロナ禍に”マスク警察(マスク強要)”があったのも、リスクが減ってもマスク着用があるのは日本固有の文化かも。日本人は法や規則を自分で考えない民族だろう。


●また、いつか会いましょう、立憲民主さん

統一地方選挙の後半第一弾が終わりました。ことさら目立つのが立憲民主党の低迷です。しかし、その原因は「批判ばかりだから。」だけではないでしょう。
昨年の参院選、ぼくの選挙区では寺崎さんが落選しました。選挙の直前に公認を外されたからです。”大物”だったので、かれの支持者だけでなく、皆が気がついてしまったのです。勝つ為には長年の同志の首も切るのか、そう言えば、ここの市議、あそこの市議も、と。立憲民主党はこの7,8年、地方議員の公認も将棋の駒みたいに換えて底をついたのです。当然、彼らの支持者も払底しました。その体質が変わったら、また会いましょう。

●G7が近いけど、成果は出せるのか?

いま『ウクライナ戦争』は末期です。何が起きても不思議でありません。なのにメディアの報道は戦況中心で「どうするのか」が少ない。その危機感のなさが国に感染したのか、岸田首相もしかりです。中国の市場に色気を出したり、G7の手土産にLGBT法案の可決を急がせたり、などなど。そんなんでG7がうまくいくのか、皆さんがこのブログを目にする頃に結果が出ているが。

2023年4月14日金曜日

●活動報告書 これでいいですか愛川町(紙面版1ページ目)

 ●地球の危機というけれど  ~原因は何~

統一地方選の年です。ということは秋に愛川も選挙だが、ふと3年間でふり返り、想う。いろいろ地球の危機が叫ばれたけど、原因の共通項は何なのか。ワースト3で考えたい。まずコロナです。政府は迷走し、対策に遅れたが原因は何か。これは簡単、あのトランプは自らも感染し、目が覚め、ワクチン開発に賭け、半年後、ファイザーなどが普及する。が、日本はその入手に苦労する。早い話、日本の政府は“本物の危機感”を欠いていた。つぎはウクライナ侵攻です。その懸念は30年前から、少なくとも、❜14年からあるが、国連は見て見ぬふり。関係者はうすうす国連の無力に気がついていたのだ。しかしその立て直しの機運はない。やはり危機感がないのか。そして、あと1つ、オイル高騰後の原発再利用の動きです。じつは、これはフクシマの事故の失敗の教訓を忘れたか、の問題ではない。あれだけ騒がれたのに、国に代替エネの準備ができてない。人は危機から学ばない。ではなぜ。それについては後ほどふれます。


●任期最後の3月議会   ~中吉だったが~

3月、町議には任期で最後の予算議会がありました。すこし諦めの人、何んとか成果をだしたい方など、それぞれだったかも。それなり背景がありました。秋には、6次総合計画に町議の出した提案への町の回答の方向が見えました。拒否もありました。区長会から議員定数削減の要望がありました。そして、議会改革検討委員会が3年間かなり時間をかけた議会のDXの要望が予算化されないとの噂その他です。そうした中で開かれた3月議会です。一般質問は9人、質問者は少なく、傍聴者はさらに少ないけど、頑張る人は頑張るです。総括質疑も同じで、チェックする方はしっかりしています。その中の収穫は議員定数減かも知れません。わが会派は、議長も熊坂議員もむろんぼくも削減派です。一時は区長会の提案を蹴る動きも強まったが、粘りにねばり、削減の議員提案ができ、実現できました。ただ区長会の外圧のおかげもあり減点は否めませんけど。その点、中吉だけどまあまあの3月でした。

●活動報告書 これでいいですか愛川町(紙面版2ページ目)

 ●独断 じつは、現実主義は現実的でない

よく耳にするのに「おまえ、現実を見つめろよ」があります。が、その当人が現実的でなかったりする。なぜそうなるか。そこで一面の「人は危機から学ばない」に戻ります。「核」の例で言います。ある人は「核を持たなければ核戦争はない」と言う。半分は真理です。けれど30年ほど前、核のない連邦の多くが、ロシアの奴隷国となりました。では、「核は戦争の抑止力となる」の現実論はどうか。むろんその抑止力は奴隷にする手段に使われたのです。ともに現実的でありません。平和は生まれないからです。その原因です。人は、臆病で、現実を都合よく解釈する生きものなのです。しかし、ぼくが気になるのは世界の大問題ではありません。町議に戻り3年半、ぼくは、地方自治体が、現実を見ないで、問題を曲げたり、先送りするのを沢山見ました。たとえば「愛川には鉄道がない」という現実です。町は、その現実を見ないで、バス路線の充実を考えたり、当てにならない多摩線延伸に期待したりです。それが、今回の「独断」所以です。そこで、6月の議会で「愛川町に鉄道を!」と訴えます。さて、どう答弁するでしょうか。


●相棒と僕の3月議会   ~ 有終の美を、と ~

8人の会派が、5人になり、3人になりました。熊坂町議は県議選に出るので、この活動報告が出るころは会派消滅です。その分最後の力をふり絞ったしだいです。その崇徳議員、一般質問と会派代表質問とで、日頃、町への要望で受けいれられてないことを中心に思いのたけを訴えました。さて、私め、一般は「ナラ枯れ」と「水道事業」を扱いました。どちらも町民に正確に認識されていないからです。とくに水道は大事業なのに採算性が低いからでありました。それから討論です。案は3人の知恵を結集しましたが、賛成討論と言いながら、町の事業への注文の多いものになりました。

なお、むかしは予算議会が終ると町の理事との懇親会もあったようだが、それはなし。議会が3年かけて要望した議会のDX化の事業への予算化が先送りされたことも響いた気もします。いずれにしろ、議員は提案とチェックの立場。懇親会なしは正解でしょう。


●活動報告書 これでいいですか愛川町(紙面版3ページ目)

 ●偏見 愛とぼくとの関係は…

前回、この活動報告で選挙などで愛を訴えることへの疑問を書きました。すると反論も。この機会にぼくの言葉使いの背景にふれます。むかし、虚弱児、貧乏人の子、低学力と呼ばれてました。その反動もあり、学習塾を経営してました。が、塾の力に限界があり、政治にも熱を入れ、密かに子ども愛と自負した。その頃、妻ががんになり、末期のある日に叫びます。「何が子供が大好きよ。野心ばっかでえ~!」かの女は仕事、子育て、障害者ボラの果てに亡くなる。愛は伝わらなかった、認められなかった、もしや無かった。ぼくは、愛してるからと妻を殴る方みたいに、だ。そして気づく。過剰な愛は人を麻痺させる。愛はトラウマになり、以降、封印したのです。代りに決意しました。人の言葉は人の数だけの背景を持つ。そこに気がつくのが政治の第一歩。そんな政治家になろうと。努めようと。 

人はそれぞれだからこそ話しあいましょう。そんな思いで前回の原稿を書いたのです。くどいけれどもう一度言います。ぼくは、むかし子どもの教育に熱心でした。その分、かなり成果もあげました。そのぼくに誰が文句を言えるでしょう。しかし、妻は気がついていたのです。そのせいで、傷ついている子もいるのよと。でも言えず、ストレスを溜めている子も少なくないと。で、かの女の我慢が爆発したのです。一人がてんの愛は厄介ですネ。


●任期、半年です。  ~ この際、ふり返る ~

町議活動の本気度のでる一般質問、報告に反省もこめてその3。(令和4年6月から)

⑪■成年年齢の引き下げ 消費者被害など心配されていたから

 ■ウクライナ難民支援 ウクライナ侵攻反対の議決の提案者の1人の責務として。 

⑫■誰れ一人取り残さない町 町長選挙のキャッチフレーズですが、LGBT、不登校児、障害者・高齢者移送などに課題。

⑬■インクルーシブ教育 新聞などにその狙いや意義を誤解した報道が多かった。

 ■空き家対策 制度が見直され、売ったり、貸しやすくなったりしたのを知らない人が多い。

(なお、国葬問題では、質問ではなく、町長へ直接、きちんと対応するように要望)


●活動報告書 これでいいですか愛川町(紙面版4ページ目)

 ミニ・ノート

●3月、訃報の中に伊藤雅俊さんがいて、思いだす。ぼくは、若い頃、フランチャイズの研修旅行の添乗をした。その時、ニューヨークで講演したのがかれ。イトーヨーカ堂の伊藤さん。シカゴのマック1号店での質問責めは藤田さん。こちらは銀座に日本のマック1号店を開いた。

●一頁です。書きだすと侍ジャパン活躍。さなか、岸田さんはポーランドへ。習近平はロシアへ。で、思う。岸田さんは台湾へ飛ぶべきだった。侍ジャパンとファンとがウクライナやトルコに寄付すればさらに良かった。

●3年前のコロナ関係。第一波騒ぎのとき、スーパーのマスクは中国製と発信。それで以来WHOに情報提供する研究所に情報収集の手伝いを頼まれる。が、町議会では不発。3月は平常どおりにと訴え、総スカン。どこも平常議会だったが。

●一面の後半。議会のDX化への予算がなく、激怒した町議がいました。「恥を知れ!」意味は「予算を修正させろ」です。その人は定数削減でも「しないの議決だから断われ」でありました。区長の傍聴の多かった最終日の結果は周知のとおり、賛否は別として、一貫してたのは、公明、わが会派、共産など。

●この様に、議会に世渡り上手は少なくない。風見鶏は多い。そしてかれは選挙も上手です。皆さん、せめてこの3月と6月と9月くらい、みんなの質問・質疑のテーマをチェックしてください。少しは参考になります。

●2面です。14項目もあり、書けないのが、質疑です。共通項は2つで、1つは「ムダを減らす」たとえば「教師の多忙」を念頭に事業の改善など訴えてます。もう一つは質の改善で、民生委員と障害者や困窮者などとのギャップが大きすぎ。相手の立場になるためのヒントを訴えてます。

●3面です。「愛」も民生委員のあり様に似てます。人はそれぞれすぎて理解しがたい、相手の立場になるには時間がかかる。「愛」は「密」と似てますが、むかし、愛の語の意味は「ひそかにしのび寄る」で、生涯かけて育むものでありました。「ラブ」は、神のみが使うもので、人間が多用し、世の中が乱れたとか。

●終りに私事ですが、選挙に出るかと訊かれ困ってます。年齢や体力の問題でありません。ぼくの役割は水戸黄門ですが、まだ2期目で果せてません。その前に、期待されているやらいなやら。