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このページは愛川町議会議員玉利まさるのホームページです。
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2015年6月までの記事は玉利まさる@愛川町の内視鏡(旧ページ)に残しますので、どちらもよろしくおねがいします。
                   編集子 K



2015年7月27日月曜日

1にも2にも正念場 (~31日)



 わが愛川の町議選の動きが垣間見えだしました。ぼくの手元にもチラシが5,6枚。見れば、「えっ、うっそう!」 活動実現として本人がやってないことを羅列したものもあります。それも、この4年間のことだけでなく5年前のこと、時に10年前の実績も。

 考えて見れば”実績”ってなんでしょう。わが町では悲しいことに議員提出議案がありません。修正議案もありません。町からの議案に賛成するだけ。その賛成をもって実現と呼ぶなら、たしかに実績ズラリになるでしょう。しかし、それだと、実は議員はいなくても済みます。もしかして数人で足ります。

 あゝ、なんということでしょう。だとすると、じつは「議員は要らない」になります。いきおい、ぼくがこの内視鏡で議員の質を気にする理由です。

 つい先日。そんなぼくに、ある公務員が「玉利さん、議員が議員の批判をしてどうすんの、選挙は政策で選ぶもんでしょう」 たしかにそうです。でも、その政策ってなんですか。政策の実現ってなんですか。それが冒頭のチラシのあることないことズラリです。町民はそれでどう判断するのでしょう。判断には余程の努力と知識がいります。ふつうそんな努力はできません。そのことについて、先ごろ亡くなった鶴見俊輔さんは丸山真男さんとの対話の中で(40年前の話で詳細は忘れたけれど)「民主主義の制度は容易です。選挙です。しかし、民主主義は知性と教育が担保する。それをつくるには50年、100年かかります」 そんな話をしています。

 そして、今、民主主義が生まれて70年。愛川町の選挙はどうでしょう。やはり政策本位になっていません。何しろ「行政の作った政策」を「実現したこと」と思うのです。そして、それが町が変わらない理由です。



 ぼくはチラシが増えるに連れ、矢も盾もたまらなくなりました。いつまでもこんな選挙の繰り返しだと、町は消滅してしまいます。そして、その結果、この4年間で初めてのことです、5日間、知人に町の危機を訴えて歩いた次第です。まもなく8月、いよいよぼくは訴えを加速しなくてはなりません。さてさて、どうなることでしょう。

2015年7月26日日曜日

ありがたいけどヘトヘト



 本日は地域のお祭り。今年は半原5行政区を代表し、ぼくの地元が当番。したがい、区長の配慮もあり、ぼくが、黒烏帽子(えぼし)白装束(ハクチョウ)、白足袋のすがたで御輿(みこし)の先導をする役。大変ありがたいありがたい役だが半原地域10ンkm坂道を上がったり下がったり。朝8時から夜の8時まで、休み入れても10時間ほどあっちへいったりこっちへきたりです。もうヘトヘト。じつは先導どころか足手まといになりました。どうも祭りは見たりひやかしたりして楽しむのが正解のようです。夜にはバタンキュー。

 歴代のどの首相の句だったか。

  たのしくて のちに悲しき 祭りかな



 政治も「まつりごと」と言いますが、どこか似ています。良い経験でありました。

2015年7月25日土曜日

オマケ 愛川町議選、どうなる①



 町の議員選挙までほぼ2ヶ月となりました。「ここらで情報を」と思うけど、さっぱり動きが見えません。“噂の人”の話が次々消えていきます。で、この時期に動かないは「ない」としての話です。

 まず、現職についてです。前回の選挙の時「今回限りですのでご支援を!」が4人いました。が、いま明確に引退を表明した方は一人のみ。今年になっても引退を口にしていて、途中から言わなくなった人もいます。町民へのウソはいけないが、それが毎度の現状。ということで、現時点、引退は1.5人か。

 次に新人です。今年の春まで噂の2人に動きはありません。ということで、動きで判断すると、公明と共産の新人が2人、それ以外が3人、そして元職が1人です。このままだと。

 そこで全体で見るとどうなるか。定数は16人、欠員1、引退者が1.5人、仮に「現職は強い」とすれば、空席2,5人を新と元の6人が競う構図です。また世間の常識で、公明と共産は強い(厚木市もそうでした)とすれば、残りの0.5人を4人が争う構図です。

 そして、これまた先の厚木もそうでしたが、かなり危ない議員も3人いると言われています。ということは、3.5人の空席をめぐり7人が熾烈に闘うということでしょう。

 なお、その危ない現職が、前回の下位の3町議を意味するわけではありません。これまた厚木もそうでした。かえって浮上しています。



 えっ、かく言うオマエはどうかって? 正直かなり危ない。ちなみに前回落選したKさんは、その前はかなり上位でありました。ぼくは上位の噂があるけれど、それはイメージで実は12位の下位。ちなみに4位からぼくまで100票ほどしか違わないダンゴ・レースでありました。今回は10ン人がボーダーラインを競う予感です。怖~い。

祭りのシーズン



 先週、町内の各地で祭りです。間で昨夜の県議の集い(暑気払い)をはさんで今日もまた。

 さて、このまつり、例年だと、顔見世のチャンスと思うのか、よく町議を見かけるけど、今年は殆ど見かけません。ン、今回は少数激戦とかで、それどころではなく、地下で動いているのでしょう。



 まあ、ボクも今は動いているけど、いわゆる個別訪問はなしです。今日も知人を4,5人訪ねたけど、それよりチラシ(闘技資料)の校正、その他原稿書きとか、ほぼ日常通りです。

2015年7月23日木曜日

やっと動き出す? ~24日



 とりあえず動きまわる仕事は一段落。というか、次のステップへ。というわけで、この2日は、秋のためのチラシの手配。のぼり旗の準備、写真撮影、選挙カー、いや自転車の用意などなど。ん、周囲はすでにかなり挨拶回りしているけど、まあ、いいです。



 それより、ぼく的には鶴見俊輔さんの死が気になる。ぼくは右よりだけンど、青春時代は丸山真男さんと刊行した雑誌「思想の科学」はそれなり読みました。イデオロギーのちがいを超え、考えさせられています。合掌。

2015年7月21日火曜日

神様の家のお掃除



 朝9時から半原神社の清掃です。この神社は、むかしで言えば村社なので、一度は掃除の手伝いをしたいと願っていたところ、老人会に誘われたのです。えっ、ぼくも老人?

 境内は広大です。かなりキツイと思ったけど、さほどではなく、人数が多かったことと意外や木陰が多くて涼しかったお陰です。それでも3時間はかかったか。



 午后は一服して、あちこちへ。今週いっぱいは人と話すのを仕事と決めていたから、夜というか、夜中に「君の脾臓を食べたい」を読了。涙、涙の話でありました。でも、清々しい涙は心を洗います。ぜひ一読を。

2015年7月19日日曜日

オマケ 東芝を憂える



 たぶん誰の人生にも不思議な出会いがあります。ぼくもで、出会いはかなり多い方です。その一つにかつての東芝のボス土光さんがいました。

 まだ20代のことです。ぼくは会社を倒産させ、ハンパじゃない借金をかかえたことがあります。その時は東神奈川に住んでいて、銀座まで歩いて通いました。たしか、靴は2週間でダメになりました。

 その通勤途中、よく道の掃除などしていて出会う年輩がいて、声をかけられたことがあります。貧乏臭いのにさわやかに闊歩しているので気にかかったとか。事情を話すと、これまたかなりのお金を貸してくれました。負債のでき方がよかったとか。それが土光さん。

 それから半世紀。今土光さんの会社が揺れています。報道によると原因は粉飾。土光さんの一番嫌うことです。思えば、ぼくの倒産の原因も、よくいえば若気の至りの理想主義、実態は見栄です。収入以上に設備投資し社員に平均以上の給料を払おうとして、会社をつぶしたのでありました。

 かくて、東芝の今日が気になるわけですが、何も言えません。ぼくの「実力以上にがんばる」癖は治っていません。持病ですから。

 なお、その土光さん、行財政改革の時、ぼくの従兄、谷村(裕)と仕事をしました。人生のめぐり合わせは不思議です。東芝の失敗も「見栄」ですが、土光さんが行革でメスを入れたのが、一面、行政の見栄でありました。



胸に「ありがとう」 ~20日



 朝7時から町内会で半原公民館前の用水路の大掃除です。日差しが強く、背中がチリチリ。その分、水の流れの冷たさがいい気持ち。

 で、一服して、今度は我が家の裏の川原の草むしり。こっちはただひたすら暑い。頭クララの2時間ちょい。おかげノンアルのうまいことこの上なしでした。

 気分一新できたので、午后は昨日の続きです。報告会のお礼であっちへ行ったりこっちへと。ほぼそんな一日でありました。で、20日も似たスケジュールです。なお、この20日、たまには80点くらいのランチが食べたくて、「庭」を意味する「ジャルダン」へ。半原から宮ヶ瀬と尾崎を抜け、七沢のリハビリセンターが見え出すとあるレストランです。小物が好きなのでたまにそこへよりますが、今日もいいものがありました。国広沙織さんのデザインしたアクセサリー。「ありがとう」の文字をデザイン化したペンダントやピアス。若い人なら好きな人に感謝を込めてあげたくなります。古女房に送ってもいいかも。あるいはこれを胸に付ければ大切な人への感謝の気持が身につくかも。えっ? ぼくが買ったか? それは秘密です。

2015年7月18日土曜日

オマケ 新国立、これからが大変



 今朝のニュースは新国立の「計画白紙」です。あたりまえだけど、ちっともおもしろくない。そもそも白紙までのゴタゴタが多すぎる期間が長過ぎる。そして、ここに至っても責任の所在も原因も不明確。いまさら詳細は省くけど、そうしたこと自体が今後の迷走も暗示する。ぼくは、当面は何も期待できない。言えるのはただひとつ。今までの関係者には手を引いてくれ、森さんとか安藤さんなどとかあるいは白紙化できる力のあった方とか。ならば期待する。



報告会を下手くそに



 4年近くなる自分の活動を伝える”総括的政治活動報告会”の日です。朝からドキドキ。

 で、午后3時10分開始。気になる参加人数ですが、5分前には4,5人でしたが、25人ほど。町民と議会との「意見交換会」が40人ほどですので、まあ、成功。ちなみに、つい先日、厚木に市議選があったけど、その準備段階の最初の集まりも平均5,6人とか。

 さて、報告の中身ですが、主に2点です。一つは、議会の舞台裏は、その人の政策や識見あるいは活動能力ではなく、いかに一部の古い人達が仕切っているかの話をしました。あとひとつは会派です。巷の常識だと、会派は同じ主義主張者の集まりですが、わが町は、政党の会派は別として、ちがいます。あたかも役職を選出する機関になっています。(ちなみに無所属のぼくは発言の機会のないこともあります) そこで、この2点の弊害に対抗するために皆さんの力を借りる必要性も訴えました。少し焦って、上がって、下手くそに。

 いずれにしろ、いま議会は、年功(任期数)と数の世界です。それを打破しないと、本来の議会の役割、議案に対しては是々非々、議員は提案するのが仕事、この2つの役割を実現できません。ぼくなり悲愴でありました。

 そして、幸い、大方の賛同をいただきました。ありがたいことです。その分、責任は重くなりました。秋へ向けての決意をしました。



 なお、夜はその延長。何人かの方にお礼を言って回り、終わり。長い一日です。

2015年7月16日木曜日

会の意義の確認 (~17日)



 今日は青少年問題協議会です。ふつう年数回しか開かれません。しかし、この会の”守備範囲”は広く、いじめ、少年犯罪、あるいは放課後児童への対応など話題は多様です。たとえば1回めが委員の紹介と方針説明、2回めが事業の進捗状況報告、そして3回めが事業などの総括とか言って、セレモニー的になってはいけません。

 とはいえ、この会は、初回は初顔合わせで、とかく、互いに”お手並み拝見”で、意見はあまり出ません。そこでぼくが”呼び水”的に発言してきました。

 と、今回は、おっ、違います。元気な発言者がかなりいました。で、ぼくは、それに水をささないようセーブした次第です。ただし、この会の委員たちの提案や意見が次年度の事業にどう活かされたかの報告がありません。大切なので、あえてその点だけは確認しました。



 そして16日の午后と17日の1日じゅう、18日のぼくの活動報告会(というか、場合により決意表明もどき)への参加のお願いで、飛び歩きです。たぶん15,6人ほど。さて、どうなるか、かなり不安なものです。

2015年7月14日火曜日

オマケ ②フン、これも驚かず



 明けて15日の大見出しは「安保法案特別委員会通過」 フン、なにが大騒ぎか。もう驚かない。このぶんだと、その次が「衆院採択」で、次の次が「国立競技場」問題。ここを潮目にしばらくメディアは安保法案の忘却が相場でしょう。ならば、はじめからいちいち大見出しつけないでよ。どうせ内心は大問題と思ってないなら。そもそもは、真の問題は憲法問題なのだから。と思うけど、みなさんどうですか。

 折から、この問題が最高潮の折から、ある方に「国会にデモに行こう」と誘われました。本気ならこれから60日間を国会通いです。でないと「本気」は「ウソ」になります。だから行きません!

 またある方から「なぜ愛川の議会は国会へ意見書の提出をしないのか」のお叱りを受けました。うん、できそうだけど、これもムリ。すでにふれたけど、安保法案への関心は、右の方も左の方も低くって。

 かくて新聞の見出しの大きさはぼくの虚しさの大きさでもあります。その思いどこへぶっつければいいのでしょう。皆さんはどうでしょう。語ったからって何も解決しない問題って困るよね。ぼくは自己満足が嫌いです。



オマケ ①ギリシャ支援合意、フンだ



 16日の朝刊の大見出し「ギリシャ支援合意」です。やはり読めば、「なんじゃ、これ」でありました。中身のほとんどがギリシャの税制改革の話です。フン!

 問いたい。EUは今までも支援しています。むろん、たんに財政支援だけでなく、行政改革や人件費改革も迫っています。それでなぜうまく行かなかったのか。たとえばポルトガルやアイルランドなどは危機を回避したけれど。

 以下、調査中なので、無知を晒すが、彼の国に大観光資源はあるけれどほかの資源はない。というか、あるのは漁業か。農業はあるけど大したことなく、産業はダメ。かつての目玉の造船は衰退……。



 いや、こんな雑な話は無用です。言いたいのは、あれもないこれもないの国に支援してギリシャはほんとうに立ち直れるか。どう産業を育成できるか。ぼくの知るギリシャのホテルのオーナーはドイツ人とユダヤ人。たとえばそうした構造に変わるのか、新聞の報道は対症療法の記事ばかりで”肝心”がない。読んでも単に「ああ、そうでっか」です。

人のふり見て(~15日まで)



 「自己反省」とか「自省」という言葉があります。言葉はあるけど、じつはできない言葉です。もし厳密に反省すれば、人は恥ずかしくなり、生きていけません。少なくとも「ぼくは恥ずかしくて死ぬ」であります。それでもぼくが生きているのはうぬぼれがあるからです。しかし、その自惚れも度を越すとどうなるか。議員の場合、「落選」という烙印を押されます。しかし、押されてもうぬぼれがあるので平気なのか、反省できないのが、懲りないのが議員です。そして、それはとても怖いことです。(誤解しないでください。選挙という洗礼を受けない一般市民はさらに自惚れ屋という例もいくらでもあります。たとえば政治のことなぞなにも知らずに論じたりして) まあ、ともあれ、人はとてつもなく図々しい生き物です。自分では反省できません。今回の市議選の教訓でありました。ちなみにある方の敗戦の弁。(自分をタナに上げ)「近頃は我が身を切る政治家がいなくなった」がその典型でありました。

 そこで思うのは、どうすれば反省できるか。結論、他人に反省を迫られること、です。「恥」は「耳」に「心」です。その意味は「他人からの悪口が自分の心に響くこと」とか。それが「恥」とか。



 つい前置きが長くなったけど、この14・15(実はその後も)、ぼくは秋に立候補する資格のあるやなし、雨ン中、恥を知るべくあちこち問うて聞きまわった次第です。ちなみに2日で20人弱。