● 3月 末日です。「四月は残酷な月です」からはじまるのはT・Sエリオットの詩だが、ぼくにとり、この3月は考えさせられたなぁ。コロナの件でない。妻をなくし25年、サリン事件25年、さきに逝った宮城まり子さんの「ねむの木学園」の子ども絵に感動したのも25年前、などなど。
他に、3.11や議会のバタバタ、やまゆり判決などあったし。
● 一読、脈絡のない話だけど、25年まえの3月、妻はがんの末期で、掛川(静岡県)で病床にいて、サリンを悲しみながら何を思ったか呟いた。「まり子さんも近くにいるらしいよネ」。知的障碍者に関心のある妻は子どもたちの絵を見たがっていた。
そして、ぼくはかれらの絵を見て、想った。純粋で無心な人たちの絵ってなんとすごいんだ、もしかしてピカソがアフリカの絵に感動したのと似たショックであった。うん、サリンはむろん、やまゆりはもちろん生きる価値を知らない人による大量殺生だ。無知はそれ自体が犯罪になる場合もある。
● そして3月といえば、第3土曜日、ぼくは、津久井のレストラン「風のほとり」にいて、食事をしていた。と、3人組のライブがはじまる。何、何、なんなの。曲が強引なほどぼくの心に飛びこみ、ぼくを揺する。その3人のグループ名は「トイボックス」、聞いたこともない。その筈だ、今日がライブは初公開でした。なるほど。ぼくは50年ほどまえ偶然ピンキラ(ピンキーとキラーズ)の初演奏にでくわし、そのオーラと熱さに打たれた記憶がある。「エモイ」というのはこんな場合に使うのか。ねむの木の絵も、トイボックスの3人組も、ピンキラも純粋と無心はエモかった。
というわけで、フェイスブックにトイボックスの写真を載せました。