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このページは愛川町議会議員玉利まさるのホームページです。
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2015年6月までの記事は玉利まさる@愛川町の内視鏡(旧ページ)に残しますので、どちらもよろしくおねがいします。
                   編集子 K



2022年6月8日水曜日

●活動報告書 これでいいですか愛川町(紙面版1ページ目)

<ウクライナ侵攻 怒りと涙が止まらない> 

●本当に平和は大切か ~ ぼくは疑う ~

今回、予告していたとおり、この紙面をウクライナ特集としました。理由は大きく二つです。その1 つは、日本人は、口を開けば、平和が大切とか、唯一の被爆国とかいうけど、ならばどれほどウクライナを心配していますか。心配なら、支援してますか。そもそも戦争の原因を知ってますか。何か解決しようとしていますか。ぼくは、日本人は知らない 見えていない、に思える。その原因は政治とメディアです。そこで語られるのはほぼ戦争の現況報告一色。たとえば今日はどこで何人殺されたとか。原因を気にしないので、いわば他人事。だから口先が訴える平和もから回りして絵空事になるのでしょうか。たぶん愛川町でただ一人、25歳でチェコ侵攻の直前を目にして、翌年は戦場でヴェトナムの戦争報道のウソ(大本営発表)を知ったぼくは、ウクライナ報道に怒ります。平和とは、戦争の背景を語ることから始まるのでないですか。

●ウクライナを知ろう  ~ 共に泣くために ~

毎朝、新聞にどこかの誰かの死亡記事です。誰も泣きません。それどころか読んだとたん忘れる。すこし知った方なら2、3時間気になる。親しく身近ならたぶん泣く。ではウクライナ人の死はどうか。言うも愚かでしょう。では、そのウクライナ人を知るとどうか。やはり泣かないが、「もっと知る」だと話は変る。かれらは戦争で亡くなるのであり、戦死は私たちも体験している。たとえば作家の五木さんは、目前、ロシア人に親を殺されている。もうウクライナ人の死は他人事ではありえないのです。かれにウクライナは自分事です。いまのメディアに他人事を自分事にする報道姿勢がありません。いきおい日本人の平和主義は口先になりがち。ゼレンスキーの国会での国連無能論の訴えも他人事でした。平和ボケの私たちはそれにも気がつかない。だからウクライナを知ってほしい。ロシアのウクライナ侵攻は、ウクライナではなく、じつは世界史を変える出来事なのです。

●活動報告書 これでいいですか愛川町(紙面版2ページ目)

●ウクライナ①  ~ 少し歴史を噛ろう ~

●初まりは。ある本ではスキタイ人がキンメリア人を滅ぼして初まる、となってる。日本の縄文時代です。以後はいろんな人種がきて、国が生まれては死ぬのくり返し。日本は、人種は1つだが、権力者が生まれては亡ぶのくり返しであった。ウクライナの方が悲惨です。異国人に殺されるのですから。

●真の初まりは。ウクライナ人もロシア人もスラブ人系です。その意味での初まりは6世紀。キエフはキー兄弟の町という意味だが、8世紀に東スラブ人が統一したのがウクライナの出発点かも。奈良から平安時代の頃でした。

●暗黒時代です。その後も国が生まれては滅びるのくり返し。たとえばモンゴル、リトアニア、ポーランドなどがやってきて、征服したり、国土の一部を噛ったり。大人しいスラブ系=ウクライナ人は影の存在。でも抵抗もあり、時に異民族を駆逐。17世紀にはトルコにも遠征。コサック兵は強かった。ウクライナ人がかれらを国歌で讃える所以です。(因みに、ロシアはコサックの初まりは自分たちだ と名誉の横取り)。ともあれ、ロシア系でない、つまり略奪系スラブ人でない、ウクライナ人の戦禍はなんと1000年近くも続きます。

●かくて地獄図の近現代。とくに凄絶なのがロシア革命以後でしょう。ウクライナ人は大人しく使い勝手がよい。独ソ戦争やナチとの戦いで銃弾に晒される。分けても記憶すべきは旧ソ連の末期、89年です。ウクライナは世界2位の核保有国でしたが、その廃絶と交換に、英米はロシアにウクライナの独立させる。実態はロシアの略奪とウクライナのロシア化。ソ連崩壊で独立はしたけど、事実上、農作物もただ働きで取られたりして、反論すれば、ナチ呼ばわり、果てがかの侵攻なのは知るとおり。

●たまらないです。ぼくなぞ、かつて連合国にいじめられ、追いつめられてしたあの戦争の事実、その後に生まれた国際連合(国連)のまやかしの事実、国連が大国間の利害の絡む戦争に無力な事実を知っているからたまらない。国会で演説したゼレンスキーの訴えを無視したのも宜なるかな。1000年近くも自由と平和のために抵抗しているウクライナ人に対し、たかが10年ほどの戦争体験。それも検証抜きで、先輩顔が平均的な日本人です。それが一番たまらないのです。かくして粗末なウクライナ史でありました。


●活動報告書 これでいいですか愛川町(紙面版3ページ目)

 ●ウクライナ②  ~ 少し気楽に語ると ~

 私たちはウクライナを知らない。ロシアとの区別も怪しい。ウクライナの人が中国と日本を混同するみたいに。そこで、以下は気軽に「大人ならこれくらいは知っとこう」です。

●面積は? 歴史的には大きくなったり小さくなったり。14年にクリミアを奪われてます、でもヨーロッパ2位の大国。日本の1、6倍。(別の解釈もあります)

●人口は? こちらは減少傾向。何分にも戦死が多すぎ、元5000万強で、今4300万くらいかな。

●国旗は? 独立後の青と黄の2色旗を代表として、「トリズブ」という国章を含め、2、3種類の併用。青と黄の比率も変化した。

●人種は? ウクライナ:ロシア:その他が、ざっぱに7:2:1くらいかな。

●国柄は? 農業国といわれているけど、近年は工業や科学の国とも言われます。

●独立は? ふつうは91年のソ連崩壊中にウクライナが国民投票で独立したこと指す。しかし似たことは17のロシア革命でもあった。う~ん、「独立」って何だろう。

●知的レベルは? 国土のないユダヤと同じに国のなかったウクライナも文化で勝負したので高いIQ国です。ちなみに ドストエフスキー、チャイコフスキー、画家のマレーヴィチ、棒高跳びのブブカはむろん、月への衛星や大陸弾道弾を作ったのも、ボルシチがうまいのも、みな、ロシア人でなく、ウクライナ人です。「百万本のバラ」の本歌も。

●議会関係は  ~ 気合いに欠けたか ~

選挙の関係で6月議会は5月になって気合いに欠けたかも、短期だったし。それでも一般質問は「ウクライナ支援」と「成年年齢引下げ」でぼくなり熱弁でした。まあ、情熱が伝わったかは別として。心配なのは町長選挙です。連日大騒ぎのウクライナ侵攻でも人々の関心は戦況ばかりです。まして町長選をや。政策に関心があると思えない。きっと低投票率で、きっと町は変わらない。大人の無責任の極みです。せめてせめて、投票に行ってネ。白票でもいいから。無投票は“ 大人放棄”だし。

●活動報告書 これでいいですか愛川町(紙面版4ページ目) 

 ●ミニ・ノート  ~ 戦いすんで日が暮れて ~ 

●今回は、いつもの町の議会報告でなく、1、2、3面、ことごとくウクライナ一色の異例です。それでも正しく伝えられた自信はない。だから書き終ると疲れがどっと。まさに戦いすんで日が暮れて、でありました。

●背景に膨大な中身をダイジェストする困難がつきまといました。以下、2、3その言い分けです。分かってもらえればありがたい。

●たとえば一面。ゼレンスキーの国連無能論に半行ふれました。かつて国連の事務総長の書いた「国際連合」を読み、腹をたて、ゼレンスキーに共鳴したから。でも国連の実態を知らない方には何も伝わるまい。

●2面、ウクライナ史です。「スキタイ人がキンメリア人を滅ぼす」に始まる前半の出だしの出典は歴史家、かのヘロドトスの記述。数10行のもの。後半の多くは元ウクライナ大使の本から転用。数10行を半行で、260頁を数10行に書くなんて所詮はムリです。やはり、きっと何も伝わらなかったか。

●とくに残念はソ連末期のウクライナ独立の記述です。拠りどころの1 /3はこの分野の第一人者グレンコ・アンドリー氏。書かれているのはロシアの膨大なウソの真実。その一つ一つの一部だけ紹介で無念。伝えられないよ、ネ。

●この機会にふれる。ブログで、プラハでの体験を契機にヴェトナムへ行ったと書きました。戦場へも行ってます。そこでよくよく見たのは、かなりの、むろん南側の住民がヴェトコン(北の兵士)に米兵の動きを知らせていた事実。アメリカは勝てっこない。でも新聞はアメリカの活躍ばかり報道でした。

●以来、やがて10数年かけてアジアの戦地を歩いてきたけど、中国や韓国以外、ほぼ日本を悪く言いません。たとえばインドネシアは独立記念日は「残留日本人のおかげ」と感謝です。メディアはそうしたことは伝えません。

●なぜか。敗戦を境に、メディアは連合国の歴史観のみ伝えるようになりました。日本人は平和を祈り、反省だけする国民です。これを変えたい。いまぼくがウクライナに熱い理由。

●ぼくたちは、報道でなく、事実を見ましょう。それを知れば、ウクライナは自由と平和を求め、専制主義と闘っていくのが見えます。祈るヒマなしです。歴史のために支援を!