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このページは愛川町議会議員玉利まさるのホームページです。
■現在、最新(2015年7月から)の更新はこちらで行っております。
2015年6月までの記事は玉利まさる@愛川町の内視鏡(旧ページ)に残しますので、どちらもよろしくおねがいします。
                   編集子 K



2020年5月25日月曜日

マーガレットの戒め

 フェイスブックに庭に咲き乱れるマーガレットの写真を載せました。美しいからだけでなく・・・。
 明治18年、祖父喜造は29歳で国にアメリカ留学を命じられています。その折、いろいろな農産物を持ちかえっている。中に一袋のマーガレットの種を入れておいたそうな。
 それに除虫菊の名を付けたのも喜造らしいが、こちら蚊取り線香として世に知られる。また一部はマーガレットの名のまま皇室の庭園(今の新宿御苑)に供されるが、美しさで全国は広まったと聞く。
 さて、その29歳という年齢です。祖父は19の時、西南戦争直前のとき西郷隆盛に出会い、「おはんは農業発展のため江戸へいくがよか」と肩をおされ東京へ向かう。24で帝大(東大)の最初の卒業生、27歳で新渡戸稲造とともに農学博士一号取得、それから2年して、褒美か期待か知らないが、シカゴへの留学を命じられてます。西郷と出会い10年後となります。
 もちろん、自慢ではなく、むしろ自時です。じいさんに較べぼくは情けなさすぎ。なにしろ19歳は受験浪人中。弁解すれば、病弱と低能児と貧乏人の枠のぼくは、17ではじめてイジメにあわなくなり、19が受験勉強の出発点。
 が、あとがいけない。24歳までは好奇心が強いから雑学の日々。社会に出ると、チコちゃんみたいな「えっ、そうだったの」式の話をつまみに酒と女に明けくれ、瞬く間の10年でありました。祖父とは大違い。
 だからマーガレットが咲きほこる度に思います。失った10年は戻れない。いまさら好奇心は変わらない。ならば雑知識を役立てる手はないものか。ともあれ、ぼくの雑学は劣等感の裏返しだったのです。

今月は『アジア近現代史』川島博之を!

 コロナの折、読書しかないと思うけど、終息すればたぶん夏。きっと恒例でメディアは‟あの戦争”の話題です。でも、記事といえば8割が侵略戦争史観か、残りが解放史観で困ってしまう。ぼくも著者と同じに、50代の終わりからベトナム、ラオス、ミャンマー、インドネシア、フィリピンほかの僻地を歩きまわってきました。そこでいつも思うのは、日本の報道って、どこか変。調べれば調べるほどおかしい。そう考じている折、出たのがこの『アジア近現代史』です。きっと目からウロコの‟あの戦争”になるでしょう。ぜひ一読を!
 なお、コロナといえば、今企業は中国はもちろん韓国から手をひき、南アジアへシフトしだしました。でもぼくも見てきました。その国の民族性はむろん、それぞれの国の‟あの戦争観”を知らないことによるトラブルのいかに多かったことか。当時はエコノミックアニマルと呼ばれたりして。その意味でもこの本を是非。

フェイスブックって何なの?

 スマホを始めて半年になります。すると、事前に耳にしていたとおり、来るはくるは、毎日沢山の「お友達リクエスト」です。でも困った、そのリクエストで分かるのは、名前、住んでいる地域、たまに年齢や学歴などで、相手がどんな方なのかさっぱり不明。添えられている写真は、顔以外は風景、花、ペットや料理が大半。これって何なの。いよいよ分からない。
 で、若い人に訊いてみた。「いいのよ、それで。友だちの数を競うゲームみないなものだから」とか。えっ、えっ、えっ。もしかすると「友だちリクエスト」は承認欲求かゲームみたいなものなのか。う~ん、ついていけない。
 ちなみにぼくの場合、先日『熱源』で直木賞をとった川越さんと似てるかも。彼はたまたま北海道のアイヌ民族館でビウスツキというポーランド人の胸像を見かけ、なんでここにポーランド人がいるんだ、そこで調べてみたらいろいろおもしろく、それをまとめたら『熱源』という小説になったという。そう知らないことを知るのは楽しい。
 ぼくも同じ。3歳のときチンドン屋について行き、知らない街を歩いては迷子になった。それでも好奇心はとまらない。むしろ大人になると❛病気❜が高じ、何でも知りたい病で、何でも調べる病。ちなみにコロナでいえば20冊以上の色んな本を読み、必要があれば色んな関係者、看護士、危機管理室や保健所の人とも会った。調べるほどテレビや新聞の誤報が見えてきて、止まらなくなるのだ。
 もうお分かりでしょう。ぼくがフェイスブックをやる訳を。人は、誰しもその人しか知らない体験があるし、だから知ってもらいたい、共感してほしい生きものだと思う。それゆえ、ぼくは発信している。なのにリアクションが名前とか住んでいる所とか、ぼくはきみの熱源を知りたい。どうすればいいんだ。テーマなんて堅苦しくとも柔らかくとも、社会問題でも下ネタ風でも気にしない。オリジナルなら。話してくれる人はどこにいる?

2020年5月5日火曜日

・お知らせとお詫び

 スマホは超苦手と書いたが、返信しようとすれば98%ほどは送信ミス、または送信不能。ごめんなさい。そこで、取りあえずここで3人にご連絡。

①S・Kさん。ぼくのスマホに赤いスーツにマスク顔が載っていました。顔が分からないけど、もしや8年会っていないSさんかな。ずっと気にしています。良ければ連絡を!

②本居宣長、吉田松陰、三島由紀夫など、ぼくと読書傾向が似た方がいます。ちなみにぼくの兄は三島さんにボディビルを教えた人。父は彼に剣道をやらせた人で、ともにかれの小説のモデルです。良ければ一度ご連絡を!

➂伊勢原の方で夫と死別したHさん、一般質問も2度傍聴したことがありますが、ぼくも妻とは死別です。良ければ連絡を!

わが読書~今月のお奨めは~

①『「スマホ」という病』
  精神科医の浅川雅晴さんの本です。スマホが初心者で超苦手なのでくやし紛れに読んでみたというのが正直だけど、大変ためになった。タイトルはスマホだけど、中身はテクノストレス問題、コロナで学校のITの活用がいよいよ重視されてるけど、そこにどんな危険がひそむかよく分かります。

②『82年生まれ、キム・ジョン』
 韓国のチョ・ナムジュがが書き、韓国で瞬く間に100万冊売れた本。日本人は新聞報道のせいもあり、基本的に韓国嫌い。つい、ふつうの韓国人にも偏見をもつ。が、が、が、この本を読むと考えさせられ、かれらに同情したくもなるでしょう。

コロナに想う(4)

① Q.コロナ感染の多いおり、議員報酬のカットを決めました。そのぶんでマスクを寄付したいが、できますか?
  
   A.この頃、耳にします。中には寄付は公選法に反すると、取りやめたところもあるようです。何かの勘違いでしょう。公選法が禁止しているのは議員個人が、選挙区民や後援会などに寄付する行為です。たとえば全員協議会などで議員報酬をカットすればどうなるか。その分は一般財源としてくり入れられ、コロナ対策費として使われることになります。その使途のふり分けは自治体が行います。その時点で、議員個人も選挙区も存在しません。そうしたことは3・11以来よくある例で、何も問題ありません。議員報酬を住民のために使う―とてもよいことです。

②「差別だ」という差別
 コロナのの拡大でバイトもできず、生活の苦しい大学生も増えています。そのおり蓮舫さんは「学校辞めたら高卒になる。就職はどうなるのか」と国会で発言したという。するとSNSに「高卒をバカにしてんの」の批判が殺到したとか。
 よく分からない話です。高卒は学歴の一つです。ということは、「高卒」又は「学歴」の言葉のどちらかが差別か差別語なのだろうか。これは履歴書にもある言葉です。ぼくも書いたことがあるけど、この欄は何の為と思ったりする。それでその人が分かることはないし。
 それで思い出しました。50年もまえのことです。ソニーの社長だか会長が「学歴無用論」を書き、よく売れました。ぼくは感動し、ここに就職すると決め願書を出しましたが、送り返されます。曰く、「弊社は入社してからは学歴を問いません。文科系の人の募集はありませんので念の為」だとか何だとか。
 ぼくは全員が理系だと需要が把握できないと思い応募したのですが、案の定です。ソニーが新製品の開発に苦しみ、低迷したのはそれからしばらくしてのことでした。
 戻って、想う。言葉に差別などない。差別するのは社会です。社会が差別するから言葉が差別語になるのです。蓮舫さんの「高卒」を差別と叱った人たちは、実は自身が差別しているのです。あるいは社会が差別しているから差別と感じるようになったのです。そしてそれを謝罪した蓮舫さんも同じです。謝ったのは彼女もまた差別していたのです。ぼくなど学歴に関心がないので、そのどこが差別なのか分かりません。
 怖いのは、ただの言葉をレッテル視する社会です。差別語などというものがあり、それを使うと、「あれっ、いま差別した」と騒ぐ世の中です。先日の小池都知事のキャバ嬢発言もそうでした。差別語があると、人は単語を見るだけで、文脈を見なくなります。まして行間を読まなくなります。考えなくなります。白痴になります。「あれっ、いま小池さん、キャバ嬢とか言ったよね」、そして炎上。彼女はキャバクラなどの❝3蜜❞で働く方達のコロナを心配しただけなのに、4年前もそうでした。差別する人たちは、それまでの文脈を忘れて、知事をつき落としたのです。
 もう、ぼくたちは差別騒ぎはよそうよ。差別差別という人が、実は一番差別している人たちだから。

2020年4月24日金曜日

わが読書~今月のお薦めは~

 今月は国が❝引きこもり❞を推しているのでかなり読みました。でも、読みやすさと為になるとはふつう反比例です。で、以下に限定です。
 まず感染症関係では岩田建太郎「感染症パニックを防げ」と、ウィリアム・H・マクニールの「疫病と世界史」(訳・佐々木昭夫)、読めば確実に得るもの多しです。
 つぎは人気の脳科学者の中野信子「空気を読む脳」。分かりやすいけど、為になるかは読者しだいかも。
 そして、最高なのは本屋大賞の凪良ゆう「流浪の月」。不寛容な社会で純に自由に生きる人の困難を描いた小説です。ぼくは高校の時に「星の王子さま」を読み、絶対に大人になっても少年を続けると決意したけど・・・。いま学識を身につけ、不寛容になっている自分を再発見したりして。感動と反省の連続でした。とにかく、学識のある人、地位のある人、そしてアドバイスしてくれる人たちって、親切の押し売りで人を傷つけて生きているのだ、と実感しきりでありました。

ぼやき~マスクはどこにる~

 いよいよマスクの購入が困難となって、また困ってる方が続出です。そこで自分で大量買いし、町民に配ろうとしたけどアホを見た。
 まず2週間ほど業者に連絡したが電話がつながらない。つながっても「只今、電話が込み合っています。後程、おかけ直しください」のテープの声ばかり・・・。
 そこで20日。2軒、メーカーめぐり。愛川のドラックストアにマスクを卸している会社です。たぶん町内のマスクの半分はその二社が卸している。が、結果はやはりと言おうか。価格の高騰で仕入中止という。一社は13倍。あと一社は20倍とか。ちなみに仕入先はともに武漢。コロナを流行らせ、コロナで一稼ぎ。中国は許せん!と手をあげたが、降ろすとこがない。やはりアホなのだ。困ったなぁ。

コロナに想う(3)数字パニック止しましょう

 人は見かけが99%とかいう。その点で数字は正直かと思うがとんでもない。正確に見える分、かえって騙される。実態はどうでしょう。
 たとえば報道に見る感染者数の国別ランキングってなんなの?中国・韓国・北朝鮮の発表を真にうけるとしても意味がない。累積の総数だから意味がない。ぼくは同じ人口当りに、あるいは面積当りに換算しているが、ランキングはガラリと変わる。累積ということは、この2週間ほど発生がゼロでも、一度獲得した高ランクはなかなか消えないではないか。
 しかし、以上は国別の話で、遠いいからまだまし。問題は県別ランキングだが、少し身近な分パニックは強まる。でも、累積データであるかぎり、当てのなさは国別と同じです。データで一番大切なのは、コロナがいつ収束するかだが、ランキング報道は何も示していない。
 たとえば東京や近県などは人口が大きいから感染者は多い。それを見て「緊急事態宣言は効果なし」というなかれ。80、90、100人と増えてきたところが、101人となったら、増加ではない。増加率は1%に減ったのだ。心配なのは累計10人ほどのところが13人になるほうだ。30%も増えたのだ。ところが人は101人のところを危険視、13人のところを安全視する。表面しか見ていない。報道は増減率にしてよネ。
 そして、一番の心配は、一番身近な市町村のデータが、またぞろ累計で発表されるようになったことだろうか。2週間ほどまえ厚木市の市議が厚木保健所管内は28人、発表方法が変わってから同僚が愛川町は4人と教えてくれたが、その意味が分からない。市や町の危機管理室は県の発表を受けとるだけで、数字の裏は取ってない。それどころか、保健所さえ、発表人数の詳細(いつ入退院したか)が不明の者も含まれる。ちなみに厚木管内の6市町村には発表より感染者が少ないところが多いのです。今までは感染だけをカウントしたから仕方ない。しかし私たちはそんな数字にふり回されている。
 にしても思う。黒岩さん、どうせやるなら市町村の累積数のあとに増加数と減少数(退院数)も入れてくれまいか。でないと市町村の判断が狂いますから。
 最後にメディアへの注文。どうか不安をあおるだけの報道をよしてくれないか。それをパニック・コミュニケーションという。大切なのはパニック・マネジメントです。私たちは正しく恐れたい。

2020年4月20日月曜日

コロナに想う(2)ぼくは知らんぷりでいいのか。

 7日の緊急事態宣言から日本中がゆれている。コロナが見通せないので仕方ない、とかいう人もいるけど、それでいいのか。たしかにその終息は見通せない。しかし、一つ誰にでも分かる。来月どころか今日の暮らしさえできない人たちが激増している。
 そうした中で想う。愛川の議会は、3月議会を一般質問ほか中止で縮小したけど、職員の負担を思いやる町議も多いので、6月議会ももどうなることやら。それでいいのか。気持ちは分かるが、私たちは、職員ではなく、町民の代弁者の筈なのに。
 実際、県内には、その代弁者の役割を果たしているところも少なくない。コロナに特化して臨時会を開いたところ、行政に住民救済の提案をしたところ、自ら議員報酬カットをしたところ、マスクを購入し住民に配布したところなどなど。ぼくたちは知らんぷりでいいのか。
 問題は、なぜぼくたちの議会が❝町民不在❞でいられるかだが、情報がないのだ。3月議会でもそうであったが、県の議会には、市町村の議会の対応を一括して把握して知らせる機能がないのです。せめて地方紙にそうした報道があれば助かるけれど・・・。
 かくして思う。ぼくは、町民の窮状を見てみぬふりの自分が恥ずかしい。町に注文したいことは沢山あるけれど。

2020年4月6日月曜日

●ウイルスに振りまわされて

この数ヵ月さながら世界が新型コロナ(COVID-19)に振りまわされてます。むろん愛川町も同じ。3月は学校、公民館、イベント、そして議会の一部が中止です。
 つい貧乏なぼくは思ってしまう。非正規やパートの人たちはどうなってしまうのか。中には明日にも暮らせない人がいる。あと、一つ。咳をしただけで白い目でにらむ不寛容な世の中です。喘息の子はいじめられないかなあ。
 いったいコロナの正体って何。科学誌や文藝春秋の特集や「感染症パニック」などを読んでみましたが、正体も対策も推測ではないか。分かったのはコロナはギリシャ語で、意味は王冠。そこから太陽の周りの炎をコロナと名付けたことくらいです。思えばWHOの判断もはじめは中国への忖度の憶測でした。中国といえば、私たちは大むかし「天が落ちてくる」と騒いだ人たちと変わっていません。右往左往のパニックだけはやめましょう。

●かくして3月議会は ~異常か正常か~

3月は予算議会です。一年で一ばん忙しい。そこへ正体不明のコロナ騒ぎです。議事日程をどうするかで議会もすこし揉めましたが、愛川は、一般質問と代表質問も中止、会期の3日短縮と決めました。ぼくは中止反対派でしたが、はたしてそれで良かったか。中止を勇断とか慎重と見るむきもあります。ちなみに議会後に県下の判断を調べると、8割ほどの議会が通常通りありました。
 さて、こんなときぼくは何をすべきか。せめてやれる予算審議に全力投球する他はありません。いや、多くの議員の思いも同じだったでしょう。審議は過去になく熱くなりました。あとは会期中ずっと、なんとか子どもたちを学校に通わせ、親の負担を軽くする手段はないか、そればっかり考えていました。愛川は専門家会議のいう非危険地帯ですから。

●幻の一般質問 ~川北区は安全か~

愛川の一般質問も中止だが、他人事でありません。ぼくの準備していた「津久井農場(埋立)造成」の問題も消えてしまった。
 その埋立は、中津川を挟み宮本区の反対側の山の裏の沢です。規模は宮本区の2/3ほどで高さは50mに及ぶ。場所は長竹区の志田峠沿いだが、何か起きたらどうなるだろう。
 ぼくも最初は相模原市内の事業だし、そもそも反対運動嫌いだし、気にもしないでいた。が、そのアセスメントの審議や公聴会(反対者の陳述)を傍聴していく中、青くなりました。結論だけ言うと、事業計画が怪しい。以前その隣接地で川昭(株)の盛土があり、その土砂が三増地区に被害を出してます。しかも今回の造成規模は川昭の盛土をはるかに上回ります。
 不安になり、勉強していく過程で埋立問題の専門家と出会い、調査をしていただきました。かれの結論ですが、「土砂が桜沢沿いに流出し、川北へ甚大な災害をもたらす」。

●環境影響評価は ~誤解されてます~

この機会にふれておきます。何か環境に悪そうな事業があると耳にする言葉に「環境アセスメント(影響評価)」があります。たとえば「アセスがあるからこの事業は安心」とか、「影響評価を受けたから大丈夫」とか、制度の意味への大きな誤解です。
 ある事業の環境への影響を評価するのは事業者自身であって第三者でありません。したがい、評価はふつう手前味噌になりやすい。
 たしかにその業者の評価を審議する人はいる。津久井農場の造成では15人の学者が審議しました。評価のここは適切でないとか再検査をとか。しかし審議に事業中止の選択肢はありません。見直しするもしないも業者の自由です。その結果、今回の場合は50項目の評価がなされ、中、
35項目に検討が求められ、審議終了となりました。審議は、業者が別の機関で認可を受けるためのアドバイスであってその終了は、全然お墨付きではないのです。


●会期は短いが  ~中身は充実かも~

コロナで質問や議場での質疑が消え、会期まで3日減ったが、たぶん負い目からか町議の意識が変化した。たとえば「議員は質疑を軽んじていると思われたくない」とか、ごく一部に緊張感を欠く者もいたけど。
 ともあれ、その結果か、町の予算への質疑項目も時間も増えました。しかもただ答弁を訊き「はい、分かりました」で終わることもほぼなし。ぼくの所管は総務建設だが、教育民生も同様のムードだったらしい。ちなみに総務建設では47項目、教育民生では65項目にわたって町の事業の予算の根拠が質されました。いままでない熱気です。
 これはコロナの禍い転じて福となるかもしれないが、今後もその線を願いたい。ぼくは、自分の立場を考えれば、常任委員会では休憩中でも答弁者側との雑談を控えてチェックする側だし。これも大切だと思う。

●動き出した議会改革 ~異常か正常か~

議会が新体制になり、そろそろ半年。その間もっとも進んだのが議会改革の気がします。
 まず各会派で何を変えたいか話し合い、つぎにその意見を検討委員会に持寄り、今は改革項目に優先順位をつけた段階にきています。ちなみにその改革目標は、検討会での項目と議運での項目に分かれるが、検討会の目標を3位まで挙げると、
①タブレット端末の導入 ②議員の定数と報酬の見直し ➂事業評価の推進と検討方法となります。
 今まで改革していないので一歩前進と喜びたい。いや、待て、議会の役割が提案とチェックだから議員の能力の向上こそが最優先項目にちがいない。その意味ではまだ道遠しです。他人事ではない。ぼくも改革委員です。民主主義は面倒だけど、頑張るのでよろしくネ。

その他

3月議会には、愛川聖苑条例や水源地の観光と産業の拠点づくりの中間報告をどう扱うか、一般質問がなくなったけど「議だより」の紙面づくりをどうするか、5月の町民との意見交換会は延期か中止か、などなど悩ましい問題が山積みとなりました。
 ぼく的には、多忙な2・3月だったのです。

●ミニ・ノート

●今回コロナも相応にふれたけど議会活動報告紙としては限界が。そこでカミュの「ペスト」が再読されている折、ぼくはブログに『感染症の日本史』もどきを書きました。好奇心のある方はそちらも覗いてみてください。
●後のブログの「咳ひとつで白い目の件」です。無関心と無知によるイジメは無限です。そこで売られているのが「この咳はうつりません」というバッチ、ぼくも着けています。おばあちゃん、孫がアレルギーならぜひ買ってあげましょう。
●議会最終日の前日、代表に「コロナ貧乏の親のため緊急提案を」と訴えたところ、翌日、町長からもろもろの対応策の話がありました。詳しくは町のHPや広報などを見てください。
●結局、県内8割の市長村に日程変更なしで横浜の女性市議は言う。コロナが怖くて変更したら、戦場にビビり、現地視察を拒否した石破元防衛相と同じでしょ。おぉ、わが町を恥入る、それこそエモい女性市議の心意気ではないか。
●後のブログの津久井農場(正しくは牧場問題)です。相模原では本村市長自身が住民の不安を傾聴。こちらは200筆の反対署名もあるが音無し。ぼくは6月の議会後❝正しく埋立てを知る会❞を呼びかけなくては、賛成か反対かではなく。
●愛川聖苑条例や観光・産業の連携拠点づくり(水源地問題)などのもたつきを匂わせましたが、共通項があります。それはともに全協(全員協議会)に「まずは賛成を」みたいに示されたことです。時代が違う。私たちは「町民に説明してから」を希っています。問題は町がそこへ気づくかです。
 なお、聖苑の条例はぼくが12月に提案しようとしていた条例と同じで、ある職員に「黒字だから」と言われ引きました。そこで賛成できなくなりました。町長は知ってたかなぁ。
●時として町議の言動が問題となります。困るのは欠席裁判みたいになることもあります。誤解や憶測もあります。感情論になり、いじめ、暴言にもなりかねません。私たちは付託を受けた言論の府の公人です。もっと大人で、紳士でやりましょう。でないとぼくもそのうちキレる。二度目の予告です。
●最後にオマケです。ぼくは時々ノラ猫を避妊しますがけっこう出資。その折、田代のローソン横にそうした方を相手の手術院ができました。格安です。困った方はそこで相談を。