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このページは愛川町議会議員玉利まさるのホームページです。
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2015年6月までの記事は玉利まさる@愛川町の内視鏡(旧ページ)に残しますので、どちらもよろしくおねがいします。
                   編集子 K



2020年8月21日金曜日

コロナに想う ~迷走する理由は~

 感染者は減りません。というより増えています。対策が後手だからです。なぜ後手なのか、対策が迷走するのか。そのプロセスをふり返ると、原因が見えてきます。ぼくは1月下旬からブログその他で発信していますが、ほぼ時系列でふり返ります。 

・客船隔離 ぼくは船に客を閉じ込めたとき、「ウイルスの培養だ」と発信していますが、国が気がつくのは感染者がかなり増えてからのずっと後、メディアも増加は伝えましたが、隔離の必要は伝えません。

・3密騒ぎ 国よりメディアが騒いだが、たとえばソーシャルディスタンスについてバラバラで50㎝から3mまで大声でよく喋るアメリカ人と日本人は違うのに。その頃、ぼくの訴える電車の吊り革、エスカレータ―の手摺り、コンビニの入口のノブなどメディアは気にしてません。国の基準や指定はずっと後で、未だに杜撰です。

 ・マスク不足 ぼくは、マスク不足が始まると調査しました。なんと町内のマスクは大方が中国製で、粗悪品もかなりです。メディアも不足を騒いでいましたが、製品の質は報道しません。国の対応は、不足がなくなってからです。

・感染者数報道 ぼくは毎日、新聞の数字を見ていて、その不自然な動きを知りました。そこで、保健所を調査しました。なんと保健所は報告にあがってくるものだけをカウントするところもあります。しかも(今も)加算方式ですから、その中にすでに感染者でない方も含みます。これでは実態が見えません。それを訴えたことがあります。黒岩県政は反応し、報告の仕方を改善しましたが、完全ではありません。ぼくたちは実態でない数字に振り回されています。メディアはただ不安だけを煽っているのです。国はおろおろ。。

・給付金騒動 コロナで収入の減る人、なくなる人の続出です。ぼくも「困っている人に給付を」と叫び続けてきました。でも、それは‟困った方”に届いたか、例えば、三人の子供を抱えるお母さんに、テントに住む方に、フリーターやネットカフェで暮らす方に。一律の10万円を手にした方はいるかもだ。無税者や住所のない方には何もありません。でも、その結果が、例えば風俗で働く方のクラスター騒ぎです。子供を抱えて働くなと言われても無理です。キャバクラ問題は給付金問題です。誰も気づいてくれないけど。

・薬品問題 コロナが始まるとワクチンが話題になりました。しかしワクチンはないので、アビガン他10いくつかの代用薬の名が挙がっては消えていきました。名が出るのはそれなりに効果がある訳だけど、やがて効果が疑われ、やがて副作用も話題になり、消えていきました。ぼくはその過程で、「まずは効能の検証を」と訴えたこともあります。そのとき「効果があると言ったり、ないと言ったり」どっちなのと思い、調べ、気がつきました。例えばある薬はフランス人に効くけどアメリカ人に無効。その逆もあります。その意味は、アメリカ人とフランス人の体質の違いか、それとも米仏でかかるコロナそのものが違うのか。コロナに色んな種類があるのが分かったのはだいぶ経ってからですが、国もあまりそれを認識していません。

(大切なので余談です。フィリピンは中国のワクチン開発を期待し、領土問題に目をつぶっています。開発したのが武漢型用のワクチンだったらどうするのでしょうか。日本は日本人向きの開発を願います。)

・公民館問題 この頃、公民館の規制がゆるんでいますが、その基準が不明です。たとえば、ある公民館では、詩吟の活動はできますが囲碁・将棋はできません。理由は「詩吟は対面じゃないけど、囲碁・将棋は違う」からとのこと。待ってください。感染原因の第一は人の声です。だから詩吟は知りませんが、カラオケで染った人はいます。まして詩吟は腹から大きな声を出します。一方、囲碁・将棋です。またの名を手談とも言います。文字のとおり手で語るゲームだからです。声を出さないゲームだからです。そのせいか碁席で感染した人をぼくは知りません。言いたいのは、いまだ肝心のなぜ染るかが整理されていないということです。

キリがないので止すけど、もう誰もが気がつくと思う。結局、肝心のコロナの正体はほぼ未解明のままで特効薬はつくれない。コロナの染り方さえ正確に見えていない。頼りは数字だけだが、その数字が怪しい。ぼくには統計を見るとき、客観的に直すクセ(例えば、人口比に換算するとか、治った人を除外するその他のクセ)があるが、行政やメディアにその習慣がない。コロナの正体不明の中で、数字それも根拠不明の感染者数の増加ばかり強調すれば、政府の対応がずさんになり、国民がパニック(ぼくはそれを判断力の無力化と訳す)になるでしょう。

そして、その‟パニック症”の証拠がPCRの増強やGOTOトラベルなどの政策だろうか。

 ・愚策PCR まず誤診がある。陽性を陰性と判断すればウイルスをバラまく。陰性を陽性と判断する場合も困る。検査で分かった人はもともと元気、つまり抗体ができていた場合が多い。しかし、ぼくの心配はそこにない。PCR検査するほどに感染者を増やす、つまり流行の実態が見えなくなるだけでなく、‟パニック”をさらに加速する。ただでさえ医師不足の現場を崩壊しかねない。そこで一番いけないのは何か?当たり前だが、抗体はウイルスの刺激でできる。コロナでなくとも(擬似)抗体はできる。コロナの抗体ができる。ただし、抗体は時間と共にウイルスが弱くなるのにつれ、弱まる。その人は再感染するかもしれないが、心配ない。その抗体はいよいよ本物になる(それをブースター効果という)。コロナが一時かなり減ったのはそのためだ。日本人が集団抗体状態になったのでしょう。ぼくは、その意味で、コロナ対策では一定の放置も必要だと思う。だから欧米ではPCR検査を徹底していない。まして弱毒性のコロナの日本に徹底の必要はない。それは集団抗体をつくる機会を奪う。冷静に見よう。人口比でみると日本人の感染者は少ない。死亡率も人口比で見よう。これらは極端に少ない。日本においては癌や肺炎や糖尿病や血管の病気のほうが怖い。PCR検査の徹底だなんて、パニックになるだけ。

・愚策GOTO コロナで観光不振だからGOTOトラベルとか。まったく理解できない。ステイホームがコロナの予防策ならGOTOがコロナ振興策なのは子どもでも分かる。だから地方の観光業者も「来ないで」と言っている。国は何を血迷っているのか。パニクっている。これはコロナ対策と裏腹です。コロナではなく、観光収入が心配なら、純粋に経済支援ですむ話。GOTOなんて言うな。国もここまでパニックか。もう書くのもアホらしい。

結局、国がアホでそれをたれ流すメディアもアホ。いや、メディアがアホなのか。にしても、つい過日の読売新聞の報道した7大コロナ対策はひどすぎだ。裏付けを取らないで記事を書き、自分で自分の記事でパニックになっている、この頃のメディアの体質のシンボルかもしれない。最後に、その7大対策を掲げます。考えるヒント(資料)をあれこれ書いてきたので、どこがおかしいか自分で見つけてください。コロナ対策が書いていないのを。

 ①感染症対策不在から脱せよ、PCR検査を1日10万件に

 ②コロナ不況脱却に全力を、資本注入にためらわず大胆に

 ③首相直属の本部を設けよ、感染防止と経済再生の両立を

 ④国は地方任せにするな、国による手厚い財政支援

 ⑤休校でも学習機会の確保を、オンライン環境の普及を急げ

 ⑥国際協調の機運を取り戻せ、WHOの改革日本が主導を

 ⑦コロナ差別を許さない風潮を、啓発運動や救済制度の充実を

 チクショー、①から④は経済の話だし、⑤から⑦は、コロナ禍でなくとも必要な話だ。ちなみにWHOについては、例の中国忖度が頭にあるのだろうが、そこの医師たちのパトロンが製薬会社の意向で働くのが最大のネックです。そして⑦のコロナ差別は、共生社会の問題だが、啓発するのは、読売さん、まずあなたの仕事でしょう。

 七大対策はさておき、ぼくたちは、すでに第2波に入っていることを自覚し、日本型コロナは強悪でないのも自覚し、ステイホームとマスクや手洗いで乗りきれるのも自覚し、粛々といきましょう。それで乗り切れると思います。図に乗ったり、パニックったりしなければ、以上がぼくの思いです。

 

 

 

 

   

2020年8月19日水曜日

さまよう8月 ~九条問題よりも~

 以前にも発信していますが、終戦記念日が過ぎたので改めて、です。  8月になると毎年きっと思い出す学生時代の友だちが二人います。まずA君。広島生まれで、原爆で父を亡くしています。母から戦争の悲惨を聴いて育っています。だから、彼は絶対平和主義者です。むろん、彼は「九条を守ろう」派です。彼の訴えの気持ちはよく分かります。次にB君。父を戦地で失っていますが、彼のおじさん、終戦をインドネシアでむかえ、その後は残留し、インドネシアの独立のため戦っていました。だから彼はあの戦争をアジア独立解放戦争と位置づけています。A君があの戦争を侵略戦争と呼ぶのが許せません。父の死が犯罪になり、名誉が傷つきます。この気持ちも分かります。  しかし、そんな二人にも共通点があります。戦争というのは、勝っても負けても、被害者かつ加害者になります。だから二人は、むろんぼくも戦争が嫌いです。だから戦後、すぐに国連ができたとき、ぼくらはどれほど期待したでしょう。ご存知、国連は二度と戦争をおこさないための機関です。ぼくらはそう教えられていました。  だが、その期待はすぐ裏切られました。朝鮮戦争がありました。当時は、期待が大きかっただけに、国連は何をしているのか?とメディアに騒がれたりしました。が、どうでしょう。それから50年、60年、ずっと国際紛争は続いています。でもメディアは騒ぎません。終戦記念日になっても、国連の無力など誰も気にしません。国連が機能していれば、九条なぞあってもなくても済むものを。中国の侵略も、アメリカの核の保護も要らないのを。新冷戦などないものを!  終戦記念日のある8月、それはぼくがひとり国連を考える月です。二度と戦争をおこさない国連憲章を読み返す月です。そして「二度と戦争をおこさない」と言えば、国際連合の目的も同じだが、失敗したなぁと思い出し、やがてはなぜ失敗したんだ、と思い、またやがて、そういえばどちらも戦勝国が自分だちの都合でつくった機関だったからなぁ。毎年、ぼくは無力感に陥るのでありました。

2020年7月13日月曜日

活動報告書 Jul/14/2020 何んだか町民に気がひけた

 6月議会が終わったが、気分はうつ、うつ、梅雨空のせいかコロナの影響か。いや、意欲の問題かもしれない。
 なにぶん実質の議会日は3日のみです。一般質問は議場に3人ずつの交代制かつ時間の短縮、傍聴者に遠慮を願う愛川方式でありました。念のためこの原稿書きの、時点で、12議会を傍聴したけど、そんなところはありません。ちなみに多くは半数ずつの交代制や質問時間の短縮はあったけど、そのぶん日数を増やします。傍聴者の制限はHPとちがい、なし。そして一般質問といえば大方は「コロナ対策を問う」であり、愛川みたいに「町にお任せ」ムードはなしでした。ぼくが気のひけた理由です。
 さて、そうした中での一般質問は9人で、ぼくは、下手すると川北地区に大きな被害のでる長竹の盛土造成を取りあげました。トラブルの元は住民に納得のできない業者の説明会などです。公平感につとめましたが、やゝ住民の肩をもちすぎだったかも。いずれにしろ愛川の町民の生命にも関わるので、まずぼくは事業の中身と実態を知ることが大切。そこで町長に公平な説明会の開催を要望しましたが、どうなるか、気にしているとこです。
 6月で気になるのはあと一つ。議会が終るときっとある反省会です。反省は個人または団体が自ら言動をかえりみることですが、愛川ではいきなり個人は俎上にあがり、「○○議員のあの言動は何ですか」みたいに口撃されます。誉めるは人前、貶すはこっそりと習ってきたのでハラハラ、何かイジメに近い。
 議会の反省会は全員にかかわるテーマでありたい。6月議会は超簡略化議会だったけど、町民の代弁者としてそれでよかったか、とか。
 ついつい、そっちへ頭がいってしまうぼくでした。何か変。ぼくは建設的が好きです。
●一般質問  ~ コロナ関係は1件 ~
 6月の一般質問は、3月はスキップしたので久々です。9人が質問したがコロナ関係が1件のみが特色かも。しかも町長のコロナ対策の説明会に質問時間がなかったので、議会は町に一任の形です。町民はどう思うだろう。
 以下、一般質問者とその項目です。
【茅 孝之】…新型コロナ拡大防止策  【岸上敦子】…子どもの安全対策
【阿部隆之】…河川敷の有効活用
【小林敬子】…教育行政、木造住宅の耐震診断と耐震化、
                ゴミの減量化と生ごみ堆肥化
【鈴木信一】…津久井農場計画、災害から町民の生命と財産を守る取り組み
【井出一己】…プラごみなどの回収と削減
【佐藤りえ】…SDGsの取り組み状況
【熊坂崇徳】…災害時の消防活動    【玉利 優】…隣接地の盛土造成
●えっ、三増でも?  ~ 話せば分かるよ ~
 鈴木議員とぼくで盛土造成の危険を訴えたが、今度は6月の中頃から三増辺りに「塗装工場建設反対」の立札が散見です。訊けば「公害産業だ」とか「工場主は町長の身内」だとか、ちょっとした噂でありました。
 そこで少し調べたが、県の環境条例では塗装工場には環境影響評価の義務はなさそう。さらに調べると、トラブルはあったが、すぐ解決した例が1件、話合いで解決でした。
 そのうち三増の噂は業者の説明会で中身が見えだす。よい方向へいきますように。
●総括質疑  ~ 2件だけだったけど ~
 質疑対策の町提出議案は条例1件、補正予算1件のつごう2件です。
 まずは条例ですが、国の法改正にともなう愛川町手数料条例の一部改正。マイナンバーの通知カードがなくなったためということだが町民には分りにくいよネ。ふつう法改正によるものはノーチェックだけど、渡辺代表は町民を代弁して訊いていました。
 つぎは補正予算ですが、メインは小学校の情報機器の購入費、オンライン授業が増える折から重要。代表と鈴木議員で多角的にチェックし、意気込みを見せてくれました。2件でしたが質疑の重要性が伝わり、グッドです。
●議会改革  ~ 町民目線でありたいが ~
 議会改革は、大きなものは改革検討委員会、それ以外は議運(議会運営委員会)といった感じで進めています。
 まず改革委員会ですが、いまはタブレットの導入についてはほぼ順調に議論中。
議員の定数や報酬の見返しについてはもたつきがち。事業評価は検討の入口段階レベルでしょうか。
 議運関係では1つ決まり、6月議会の一般質問から議長が議員を毎回まるで囚人みたいに番号で指名することはなくなりました。まずは改革の第一号でありました。
 やっかいなのが定数と議員報酬。もとは議員のなり手不足。政策力のある若者を入れるには報酬をUPし、その分、定数を減らそう、が一般論でしょうか。が、現実はどうか、給料も定数も今までどおりでいいじゃん、が議員の大方かも。それだと改革は永遠に無理。
 思いおこしてほしい。なぜ定数や報酬は第三者が決めるか、議員に任せれば改革できないからです。
 ともあれ、改革とは自分の都合を捨て、立派な人材を町に呼びこむこととぼくは思う。
 そろそろ肝をくくろうよ。
●反省会  ~ どうせするなら美しく ~
 一面でもふれたが、「反省会」が常態化している。人を責める気持ちは分かる。議員も人の子だし、時には不適切な言動もあるでしょう。だからと言って、多くの面前で個人を口撃するのはいかがか。中にはそっと本人に注意すれば済むことも、こちらの勘ちがいもある。そもそも個人口撃は美しくない。
 どうしても反省会をするなら、建設的な全体のテーマを扱ってもらいたい。
 コロナ禍の折だったではないか。コロナ対策は町に一任でよかったか。注文を出さなくてよかったか。一般質問のコロナ関係が一件だけでよかったか。議員活動が自粛ムードでよかったか。そして町民の代弁者のぼくたちが「多忙な職員を配慮した」と町民に胸をはれるのか。コロナ禍で一ばん苦しいのは税も払えない低額所得者だが、かれらに一律10万円以外の支援は何もない。それでよかったか。
 たとえばそうした方たちを想うとき、ぼくは職員を忖度していたとは言えない。だから毎日、ゴメンネと反省しきりでありました。町民忖度がぼくの仕事なのですから。

●ミニノート

●3月の議会の一般質問は中止だし、以降コロナでステイ・ホーム状態の町議も少なくない。そのため「議会はどうなっているの」と訊かれる。6月議会の報告はブログで済ます予定でしたがペーパー版もだすはめに。よろしくネ。
●ちなみに2,3ヶ月のぼくの行動です。1ばん増えたのが読書で月に5,6冊、次が他市町の議会傍聴で6月末までに17ヶ所、それから道路のゴミ拾いと花植など。あとコロナ貧困か相談を受けることも増加。多忙でありました。
●さて1面、他市町の議会を傍聴したせいか、コロナ対策で多忙な職員を配慮するもよいけど、その過度が気になりました。6月24日には、コロナ困窮で自殺未遂が出ました。支援対象外の無税者への支援も訴えず、自責です。
●そうした中で痛感するのは何か、ぼくたちは町民の代弁をするために議員になったのではないか。職員を思うのも大切だけど、まず町民を思わず仕事できるの?そんな頭で、しっかり町の事業をチェックできるだろうか。
●2面です。ぼくたちはものごとの白黒をつけるのが好き、分かりやすいし。しかし現実には白黒つけられないもの、まず事実を知るべきものが大半です。その1つが盛土埋立て問題です。町民がどれだけ分かってくれただろうか。
●その事実を知るべき問題が、三増の塗装工場です。24日に説明会があり、記録を読んだら見識の高さにビックリ。三増は廃棄物処理場の多い地区です。日頃のそうした悩みや苦労が、かれらの民度を高めたのでしょうか。
●せっかくの見識の高さです。この機会に町に環境影響評価条例の制定も要望したらどうでしょう。抑止力になります。幸い町長も三増の出身です。分かってくれるでしょう。一つひとつ解決だと住民の負担が大変だとぼくは思うので、ぜひ。
●3面ですが、愛川町は定数16人、報酬は税引で月額27、4万円。全国でみると、平均は13人ほど。報酬はふつう、というか、それだと生活できないので、地元の年輩者や、資産家の息子たちが中心、むかしのまま、つまり働く人には少なすぎ、働かない人には多すぎか。ちなみに40代の有能な知人は月給50ン万円+諸手当。かれが町議を望むわけがない。なお愛川の政務活動費は月に1万円だが、ぼくは5万円は使う。見直すべき問題ですネ。

つぶやき

 もしコロナの発生を記録してきた人なら、きっと思う。6月の終わりころからコロナは第二波に突入です。なぜ国や県はふれないのだろう。誠意的な思惑だろうか。 

今回のイチオシは ~ファクトフルネス~

 「ファクトフルネス」はいま売れている本ですが、それを奨めている訳ではありません。ご存知、この本は「ぼくたちはいかに事実でないことにふり回されているか」を書いた本ですが、じつは世の中、ウソの方が強いのです。例えば、レジ袋をやめると温暖化対策に役立つ、とか。まぁ、それについてはそのうちふれますが、今回は事実の本2冊です。
 一冊目は、『地方議員は必要か』(文藝春秋)です。中身は3万2千人の議員のアンケートを分析した本です。読むとそれなりに議員がまじめでやる気があるのが分かります。でも地方議会はよくなりません。なぜか。事実は、じつは「自分はまじめでやる気がある」と思っている方の多くも大したことがない。それがよく分かります。ついでにその人たちを選んでいる人も大したことがない。その事実も分かります。是非一読を。
 二冊目は、『発達障害のウソ』(扶桑社新書)です。著者は精神医療現場でおこる人権問題の研究家ですが、かれは、発達障害の6.5%はウソ、チェックリストはウソ、精神科医の診断はウソ、と怒っています。発達障害や精神病の方の相手10ン年のぼくには分かります。そうした方の症状は人の数だけあるわけだから、分析・分類するほど病人や障碍者は増えるだけ。そもそもクスリは症状を抑えるだけで病気を治しません。医療の発達って何なの。
 ラオス、ミャンマー、ベトナムの僻地の学校や施設を明るくと思います。現地の先生や施設の職員は胸をはります。「わが国には幸い障碍児はいません。少し変わった子、勉強の苦手な子はいるけど。病名がないので本人に劣等感はありません。できの悪い子にもそれなりに仕事があり、自立できます」。かれらと日本の子とどっちが幸せか。改めて考えさせられる本でした。是非是非一読を。
 といっても、読む人はすでに読んでいるし、読まない人はすすめても読まないか、自分は事実を知っていると思うから。グスンですネ。


 

2020年7月11日土曜日

百合子圧勝に思う。~キーワードは毅然か~

 都知事選は小池百合子圧勝で終わりました。ただの圧勝ではありません。以前対立していて今回はすりよってきた自民の推薦をけって圧勝です。衆院選ではふられた小池に噛みついて勝利の立民の超低迷で圧勝です。7大公約のほぼ実現なしとコロナ対策の成果なしで圧勝です。国民は自主投票の半端政策で圧勝です。れいわだとか、ましてN国などただの目立ちたがりのせいで圧勝です。そうした政策だとか政策もどきとか、作戦とか小手先口先に都民はうんざりで圧勝です。かくいう都民も「差別はいけない」と喚いていた自分を裏切って圧勝です。人それぞれが右往左往に飽きたのでしょううか。今回は小沢の「お」の字も出なかった事だけがぼくの救いです。
 国民は、与党の愛国思想は評価し、弱者軽視は買いません。野党の暮らしを守るを評価し、中国・韓国寄りを評価しません。与野党のいいとこ取りが真の国民民主と思うけど、政党の国民民主は今回もふらふらしていました。
 でも、ぼくは今だ、小池さんと国民民主の結びついた「希望」にいるのです。これを機会に、その再来はないかなぁ、望みはかすかなんだけど。

ドクダミ散策

 虚弱児だったぼくには6月は皮膚病のシーズン。オデキだらけでした。が、同じ時期に満開のドクダミは薬草です。母はドクダミを煮詰め、その汁で体をふいてくれました。しかし効果はいま一つです。それで今度はドクダミ茶にして服まされるとオデキが消えました。小学校4、5年生の頃です。
 中学校は杉並区の神明中学でしたが、進学校で有名でしたが、ぼくには最悪でした。できの悪い子は相手にされません。授業中はやることがありません。よく教科書に落書きしたり、辞書を引いたりしてました。そこである日ドクダミを調べるとドクは「毒」でなく「蕺」で、山の名前です。蕺草(シュウソウ)と書くのです。
 高校は、一転して当時は底辺校で悪名の日大鶴ケ丘です。今度は授業が簡単すぎてすることがありません。そこで、ある日、なぜ蕺草をドクダミと読むのか調べてみました。すると、ドクダミというのは日本語で、諸説ありますが、どうやらドクダミの解毒作用があるのでドクダメから来ているのです。語源は音と訓から調べないととはじめて知りました。ちなみに「木」は漢字的にはキと読めません。古代の日本人には木は「気」を発するものの代表だったのでしょうか。ぼくたちは森へいくと癒されますが、それも気のおかげです。では「気」とは何か。その正体は香気です。とくにヒノキやカツラの香りに鎮静作用があると分かったのは近年のことだけど。
 大学に入ると英語屋になりました。たとえばハッピネスと幸福とは同じか、に興味を持ちました。以後、漢字、日本語、英語、ラテン語の語源から言葉を考えるのが趣味です。
 なお、話をもどして、ドクダミはハンゲショウ科で仲間です。ともに白い花びらはじつは花ではなく、ともに根で増えるのも同じです。そして、ともに最高の茶室の花とされるのは、ともに心を落ち着かせてくれるからでしょう。
 

2020年5月25日月曜日

・お知らせ

・6月4日一般質問「津久井農場残土埋立」(コロナの関係で一項目に自粛です)

・5月1日 町は「観光・産業連携拠点づくり」の事業を発表。(争点だった半原水源地の歴史にふれていないので、ぼくは地元の雑誌「やまゆり」に歴史を書きました)

マーガレットの戒め

 フェイスブックに庭に咲き乱れるマーガレットの写真を載せました。美しいからだけでなく・・・。
 明治18年、祖父喜造は29歳で国にアメリカ留学を命じられています。その折、いろいろな農産物を持ちかえっている。中に一袋のマーガレットの種を入れておいたそうな。
 それに除虫菊の名を付けたのも喜造らしいが、こちら蚊取り線香として世に知られる。また一部はマーガレットの名のまま皇室の庭園(今の新宿御苑)に供されるが、美しさで全国は広まったと聞く。
 さて、その29歳という年齢です。祖父は19の時、西南戦争直前のとき西郷隆盛に出会い、「おはんは農業発展のため江戸へいくがよか」と肩をおされ東京へ向かう。24で帝大(東大)の最初の卒業生、27歳で新渡戸稲造とともに農学博士一号取得、それから2年して、褒美か期待か知らないが、シカゴへの留学を命じられてます。西郷と出会い10年後となります。
 もちろん、自慢ではなく、むしろ自時です。じいさんに較べぼくは情けなさすぎ。なにしろ19歳は受験浪人中。弁解すれば、病弱と低能児と貧乏人の枠のぼくは、17ではじめてイジメにあわなくなり、19が受験勉強の出発点。
 が、あとがいけない。24歳までは好奇心が強いから雑学の日々。社会に出ると、チコちゃんみたいな「えっ、そうだったの」式の話をつまみに酒と女に明けくれ、瞬く間の10年でありました。祖父とは大違い。
 だからマーガレットが咲きほこる度に思います。失った10年は戻れない。いまさら好奇心は変わらない。ならば雑知識を役立てる手はないものか。ともあれ、ぼくの雑学は劣等感の裏返しだったのです。

今月は『アジア近現代史』川島博之を!

 コロナの折、読書しかないと思うけど、終息すればたぶん夏。きっと恒例でメディアは‟あの戦争”の話題です。でも、記事といえば8割が侵略戦争史観か、残りが解放史観で困ってしまう。ぼくも著者と同じに、50代の終わりからベトナム、ラオス、ミャンマー、インドネシア、フィリピンほかの僻地を歩きまわってきました。そこでいつも思うのは、日本の報道って、どこか変。調べれば調べるほどおかしい。そう考じている折、出たのがこの『アジア近現代史』です。きっと目からウロコの‟あの戦争”になるでしょう。ぜひ一読を!
 なお、コロナといえば、今企業は中国はもちろん韓国から手をひき、南アジアへシフトしだしました。でもぼくも見てきました。その国の民族性はむろん、それぞれの国の‟あの戦争観”を知らないことによるトラブルのいかに多かったことか。当時はエコノミックアニマルと呼ばれたりして。その意味でもこの本を是非。

フェイスブックって何なの?

 スマホを始めて半年になります。すると、事前に耳にしていたとおり、来るはくるは、毎日沢山の「お友達リクエスト」です。でも困った、そのリクエストで分かるのは、名前、住んでいる地域、たまに年齢や学歴などで、相手がどんな方なのかさっぱり不明。添えられている写真は、顔以外は風景、花、ペットや料理が大半。これって何なの。いよいよ分からない。
 で、若い人に訊いてみた。「いいのよ、それで。友だちの数を競うゲームみないなものだから」とか。えっ、えっ、えっ。もしかすると「友だちリクエスト」は承認欲求かゲームみたいなものなのか。う~ん、ついていけない。
 ちなみにぼくの場合、先日『熱源』で直木賞をとった川越さんと似てるかも。彼はたまたま北海道のアイヌ民族館でビウスツキというポーランド人の胸像を見かけ、なんでここにポーランド人がいるんだ、そこで調べてみたらいろいろおもしろく、それをまとめたら『熱源』という小説になったという。そう知らないことを知るのは楽しい。
 ぼくも同じ。3歳のときチンドン屋について行き、知らない街を歩いては迷子になった。それでも好奇心はとまらない。むしろ大人になると❛病気❜が高じ、何でも知りたい病で、何でも調べる病。ちなみにコロナでいえば20冊以上の色んな本を読み、必要があれば色んな関係者、看護士、危機管理室や保健所の人とも会った。調べるほどテレビや新聞の誤報が見えてきて、止まらなくなるのだ。
 もうお分かりでしょう。ぼくがフェイスブックをやる訳を。人は、誰しもその人しか知らない体験があるし、だから知ってもらいたい、共感してほしい生きものだと思う。それゆえ、ぼくは発信している。なのにリアクションが名前とか住んでいる所とか、ぼくはきみの熱源を知りたい。どうすればいいんだ。テーマなんて堅苦しくとも柔らかくとも、社会問題でも下ネタ風でも気にしない。オリジナルなら。話してくれる人はどこにいる?